#Final 未来への扉(07)
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旅立つまでの期間は眼が回るような忙しさだった。今のところコーディオンに一番詳しいのは僕と夏美さん。僕らが旅立つ前に分かることをできるだけ書き残しておくことに決めたのだ。当事者であるアングさんがいるけれど、そうでない視点も重要だ。この役目は主に僕が担うことになった。
夏美さんには唯一の回復魔法の担い手として、その記録を担当してもらっている。ただ、彼女は魔法の基礎ができていないから大変苦労しているようだ。正しい用語などをアイハさんに聞きながら資料作成しているが、半ば感心、半ば呆れてるのが面白い。また夏美さんの作った資料を見たゴローさんは「ナツミは本当に細かい所まできちんと書くのな」と少し苦笑いを浮かべていた。
教科書などはこちらに置いていくことにした。今度僕らの世界に来る彼らの役に立つかもしれないからだ。少しでも僕らの存在がこの世界の人たちに役立つように。
そうした合間に、挨拶回りも済ませる必要があった。短い間だったけど、僕たちは本当にたくさんの人にお世話になった。また、色々なお偉いさんが次々と尋ねてくる。ザドさんがかなり断ってくれているのだけど、それでも引っ切りなしだ。
「正直、逢ったことのない人より、ミドの街の子供たちに挨拶に行きたいな」
夏美さんの本音には同意するけれど、それだけの時間すら取れない。休めるのは夜遅くになってからだ。ふたりとも自分の部屋に戻り、倒れ込むようにベッドに飛び込み、泥のように眠った。また、夏美さんがどんなに遅くに眠っても、起きると横にアモが潜り込んでいた。彼女も寂しいのだ。
そして、別れの日がやってきた。日が昇る前、僕らは久しぶりに制服に着替えた。何か、恥ずかしい気持ちがするのが面白かった。僕らのごく当たり前の日常に戻れるんだ。
「でも、ちょっとボロボロだね」
夏美さんが舌をペロッと出して笑う。元々一年間着た制服だけど、さすがにこの世界に着てからの痛みが激しい。でも、そのひとつひとつが想いでになっているような気がする。
「ナツミちゃん、おはよう」
アモが眼をこすりながら部屋に入ってきた。続けてゴローさんも。
「ほう、それがお前らの制服か」
「へへ、似合う? あ、そうそう。アモちゃん、昨日もギルトの所に行ってくれたんでしょ? 話聞けなくてごめんね」
夏美さんがそう言うと、口ごもるアモ。ゴローさんに促されてようやっと口を開く。
「……ナツミちゃんがね、元の世界に戻るよって言ったら、ギルトちゃん、ひと言だけ伝えて欲しいって」
そう言ってから再び言い淀むアモ。そんなアモを見かねてゴローさんが口を開く。
「『またな』だってさ」
憤慨したようにアモが続ける。
「『それだけ?』って聞いたら、『ああ』だって。『もっと他にもあるでしょ?』って怒ったんだけど、何も言わないの。あ、あとねギルトちゃん。檻の中でトレーニング始めたんだよ。アモがいつかナツミちゃんのトレーニングの話したら、それを真似して。昨日はずーっと続けて……あ、泣かないでナツミちゃん」
アモの話を聞いている途中で夏美さんが涙を流し始めた。慌てるアモに、優しく答える夏美さん。
「違うの、アモちゃん。私、嬉しいの。『またな』ってことは『また逢おう』ってこと。トレーニングを始めたってことは、自分の力で何かを掴もうとしていること。
つまり、あの子はあの子自身の道を見つけ生きるってこと。私にいつかそれを見て欲しい、そう言ってるのよ」
そう言って夏美さんはアモを抱きしめた。
「ありがとう、本当にありがとうね、アモちゃん」
「アモは何もしてないよ?」
そうは言うが、アモにも喜びの表情が浮かぶ。そこにゴローさんが言う。
「正直な所、ギルトの罪は重い。彼女を一生許さない人も少なくない。でも、そんな人であってもやり直すチャンスは与えられるべきなんだろうと俺は思う。彼女の場合、それは一度きりだろう。もう裏切ることは許されない」
「……はい。あの子はそれを充分理解してくれていると思います。ゴローさん、アモちゃん、あの子のことよろしくお願いします」
夏美さんは深々と頭を下げた。
「頭を上げてくれ。俺は彼女の力になることは多分できない。よくて見守るだけだ。ただ今のところ、ナツミの前に出て恥ずかしくない自分になるための努力は続けている。それにな……」
アモの頭をくしゃくしゃにして続ける。
「こいつが多分間違った方向に行かせないよ。何だかんだでアモの言うことは聞くんだ、ギルトは」
顔を上げたアモは自慢気な表情をする。
「当然でしょ? ナツミちゃんの妹がアモで、アモの妹がギルトちゃんなんだから」
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