第5話 盗賊団討伐作戦

ベントリー領へ向かう途中のアルムンド迄は馬車で移動し、本村にある父の屋敷に馬車を預け、冒険者をベントリー領へ先行させた。冒険者にはベントリー領内での潜伏先の確保と盗賊団の動向の調査を指示している。ジークは書斎にいる父と長兄を訪ね、盗賊団討伐の経緯を説明し、討伐への協力を要請した。話を聞いた父は直ぐに長兄と狩人数名による討伐隊の支援を決めてくれた。これでどうにか討伐隊の形が整ったのだが、この状況も伯爵の計算に含まれていたのかも知れない。


父との会話の後、ジークはシンシアの部屋へと向かった。部屋にはシンシアの他に母と妹がいて、楽しそうに談笑していた。シンシアを預かって以降、母とシンシアは幾度も話し合っていたし、妹は姉ができたと喜んでいたので、ジークの知らぬ間に3人の仲は急速に深まったのだろう。3人は急に現れたジークに驚き、見つめ合いながらフフフと笑った。


・・・シンシアの顔色はそれほど悪くなさそうだな。・・・


しかしジークが軽く挨拶を済ませた後にこれからベントリー領へ行くと伝えると、シンシアは表情を強張らせた。そして暫くの沈黙の後、彼女は先日と同様にジークの手に自身の手を重ね、俯きながら何かを呟いた。窓から入る日差しのせいか、あるいは単に気のせいか、シンシアの左胸の辺りが微かに光っていた。


ベントリー領へは街道を使わず森を抜けるルートを選んだ。今頃は騎士団長を含む少数が男爵邸を訪ね、男爵に作戦を悟らせない為の時間稼ぎをしている筈だった。騎士団長は2日間だけ男爵邸に滞在する。その2日間が盗賊団討伐や元領民の保護などの各作戦指揮官に与えられた期間だった。ジーク達以外の作戦部隊も密かにベントリー領へ入り込んで切る筈だ。


夜半過ぎにジークは冒険者達が確保した場所に到着し、探索担当からの報告を受けた。アルムンドへの襲撃が失敗した事は盗賊団も把握している筈だが、彼らは拠点を変えておらず、男爵邸を訪れた騎士団を警戒して、殆どが拠点に篭っていた。盗賊団の半数以上が領域の外周部にある村を占拠し、残りはその村から10里ほどの距離に2つの小さな拠点を作っていた。いずれも男爵邸の方角を警戒し、ジーク達が進んできた森側は警戒していない。


・・・村を占拠している奴等が盗賊団の中心だろう。小さな拠点の目的は分からないが、随分と離れた場所にあるのは好都合だ。・・・


「先ずは半数以上が篭っている村を叩こうと思う。半数とはいえ我々の倍以上の数だから日中に正面から攻めるのは危険だ。明け方の寝ぼけているところを叩く。」


小休止の後、ジーク達は森の木々に身を隠しながら村の入口がある西側へと向かい、茂みの中で空が白み始めるのを待った。入口付近には篝火と2人の見張り役が見える。2人とも眠そうに欠伸をしていた。


「やれ。」


ジークは狩人に指示して矢で見張り役を仕留めさせた。それから静かに村の中に侵入し、討伐隊を3つに分け、3名を長兄に任せて北側へ、もう3名を騎士団の教官に任せて南側へ送り出した。残りはジークが率いて盗賊達が寝ていると思われる幾つかの家の玄関の前に待機させた。ジーク自身も比較的大きな家へと向かった。前日に酒盛りでもしたのか、周囲に酒の匂いが残り、家の中からは大きなイビキが聞こえる。


「火事だ。火事だぞ〜。」


ジークのその声を聞いて寝惚け眼の盗賊達が家々から着の身着のままで出て来た。その盗賊達を玄関前で待機していたジーク達が斬っていく。討ち漏らしは後方で弓を構えている狩人や冒険者に任せた。盗賊達は、明け方の襲撃であるため初めの頃は寝惚けていたが、次第に反抗の構えを整えていき、村の広場に集合してジーク達と対峙した。それなりの人数を斬り捨てた筈だが、それでも30名程度の盗賊が残っていて、中心には首領と思しき大男が斧を手にジークを睨んでいた。


盗賊達の後方には長兄と教官の隊が見える。ジークは2人に目配せし、間を置かずに盗賊達の中心に向かって斬りかかった。ジークの剣撃を防げる者はおらず、1人2人と討ち取られていく。盗賊達の後方でも長兄と教官の隊が攻め始めた。矢が尽きた冒険者達も剣で戦闘に参加していた。


半刻ほどの戦闘で盗賊は斧使いの大男と数名を残すのみとなっていたが、味方の負傷者も多く、ジークは彼らを後退させていたので、まともに戦えるのはジークと教官だけだった。長兄も傷を負って退がっている。ジーク達2人と族との睨み合いの後、いきなり斧使いが雄叫びを上げ、盗賊達が一斉にジークへと斬りかかった。流石のジークも疲労が溜まり、襲いかかる剣撃を弾くだけで精一杯で、徐々に追い詰められていく。


・・・ここまでか・・・


そうジークが諦めかけた瞬間、ジークの左胸が光り、盗賊達の動きが静止した。いや、静止ではなくゆっくりと動いている。ジーク自身の動きも鈍い。鈍いがジークの思考は正常に働き、盗賊達が繰り出す剣撃をいち早く察知し、躱し、反撃を加える事が出来た。そのゆっくりとした時間の中でジークは盗賊達を斬り倒していった。


・・・これはなんだ?・・・


暫くして全ての盗賊を斬った後に時間の流れが元へと戻り、盗賊達はバタバタと地面に倒れ込んだ。斧使いは利き腕を切り飛ばされその場で踞っていた。教官は何が起こったのか理解できず、じっとジークを見ていた。ジーク自身も訳が分からず、強い太陽の日差しを背に受けながら、ただ自分の両手を眺めていた。


「ジーク殿。今のはいったい...あの様に攻撃をギリギリで躱しながら敵を倒せる者を見たのは初めてです。これまでの騎士団での修練ではジーク殿も出来なかった筈だ。」


教官が話し掛けてきた事でジークは我に返った。


「私にも分かりません。ただ必死だったとしか...。今はそれよりも後処理を進めましょう。戦闘は終わりましたが、我々には未だやることが残っている。」


村での戦闘後、動ける者で村内を捜索し、並行して領主との繋がりを示す幾つかの証拠を集めた。やはり盗賊達は領主の指示に従っていた様で、前領主であるシンシアの父親の殺害指示書も残っていた。おそらくだが、この指示書を手元に残し、いつか領主を強請ろうと考えていたのだろう。救護班が何名かの村民を保護したが、保護した村民はみな若い女性で、生き残った盗賊によれば、残念ながらその他の村民は奴隷商人に引き渡されていた。負傷者は多いが、致命傷を受けた者はおらず、長兄の利き腕の傷も正しく治療すれば元に戻ると思われた。


負傷者と保護した女性を近隣の村まで連れて行き、ジークは一眠りした後、押収した証拠品を持って騎士団長のいる男爵邸へ向かった。

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