第3話 盗賊団の襲撃

ベントリー領はアルムヘイグ王国の東北部最奥にあり、下級貴族である男爵が治める領地ではあるが、歴史は長く、領地も広い。ベントリー北部はハルザンド王国、東部はジョルジア王国と接するが、どちらの国境にも山岳地帯が横たわり、両国と細い道で繋がってはいるものの、交易などの大規模輸送には向かない。


アルムヘイグ中心部から見てベントリー領の手前にあるのがアルムンド領で、元々は未開拓の深い森であったのを父ジャンバルクが拝領した。開拓は今でも行われているが、アルムンド周辺にはまだ手付かずの森が広がっていた。


月明かりが届かぬその暗い森の中を怪しげな集団が移動している。時折ガチャガチャと金属音が聞こえるので、彼らが戦闘用の得物を装備している事が分かる。人数は不明だが、気配からおそらく20程度だろうと予想できた。アルムンドの様な田舎の村を襲撃するには十分な人数だった。


怪しげな集団から少し離れた森の中に長兄とジークが、村をぐるりと囲む柵の側にある植え込みの影に父が潜み、それぞれが静かにゆっくりと剣を抜いた。アルムンドでは近年の盗賊団襲撃への備えとして夜間でも周辺を警戒し、特にシンシアが来てからは更に警戒を強めていて、怪しげな集団はその警戒網に引っ掛かった。森の樹上で監視していた村民が怪しい集団を発見し、予め取り決めていたフクロウの鳴き真似で知らせてくれたお陰で、ジーク達は待ち伏せする事が出来た。


怪しげな集団は森を抜け、村を囲う柵に近づきつつ散開した。森を抜けた集団は月明かりに照らされて容易に視認できる。ジークは集団の斜め後ろから雄叫びをあげながら斬りかかった。その声に反応してか数人が振り返ってジークの剣を弾こうとしたが、間に合わずに斬られた。その他が遅れて振り返りジークへ剣を向けたところで、今度は柵の側に潜んでいた父が背後から斬りかかった。森の方からも戦闘音が聞こえる。森の周辺にとどまっていた者を長兄が始末しているのだろう。全てを終わらせるのに時間は掛からなかった。


「何人か残せ!!」


後で尋問するから何人かを生かしておけという父の指示だった。その指示に従ってリーダーと思しき者と近くの2名を残した。捉えた者を縄で縛り、その他の者にはトドメを刺した。父は柵内に控えていた執事を呼び寄せ、何者かに襲われた旨をナボレス伯へ至急連絡するようにと指示した。


もともとアルムンド家は武功により何人もの騎士を輩出した家で、その武は父や息子達へも受け継がれている。専門的な戦闘訓練を受けていない者など相手にならない。その武門の家系においてもジークの武勇は突出しており、若年ながら、騎士団において一目置かれる存在だった。恵まれた体格、鍛錬で培った技、素早い判断を可能とする思考、それらが騎士団での経験を経て更に高められている。この夜も半数以上を討ち取ったのはジークだった。


ーーーーーーーーーー


「さて、色々と聞かせてもらおうか。」


翌朝、納屋の軒先の柱に縛り付けられたリーダー格と思しき襲撃者の前に椅子を置き、その椅子にドカッと座った父がそう告げた。全て話すまで付き合うぞという態度である。食事は与えない、朝に僅かな水分を与えるだけだ。数日もすれば意識が朦朧とし、素直に話し始めるだろう。実際に3日過ぎた辺りから少しずつ話を聞く事ができた。他の襲撃者の生き残りは別の場所で長兄とジークが尋問し、リーダー格から聞き取った内容に嘘がないか整合性あるかを検証した。


当然というか、やはりというか、襲撃者は近隣を荒らしている盗賊団のメンバーで、目的はシンシアをベントリー領へ連れ去る事だった。依頼者はベントリーの商人だと言うが、おそらく黒幕がいるだろう。盗賊団は100名を超える大所帯で、ベントリー領に幾つか拠点を持っている事も分かった。しかし全ては襲撃者の自白だけで、書面などの物的証拠や、第三者の証言などは無い。先日の黒鎧の騎馬兵と盗賊団との繋がりも不明のままだ。


襲撃者の自白が一通り得られた頃に執事とナボレス領の騎士団3名がアルムンドに到着した。父はナボレス伯への報告書を派遣された騎士団員へ託し、生存している襲撃者を引き渡した。シンシアの件は伝えなかった。騎士団員は一通りの現場検証を行い、襲撃者を囚人輸送用の馬車に押し込み、その日のうちにナボレスへと帰って行った。帰り際、騎士団員はジークに対して長期休暇を中止してナボレスへ戻れとの騎士団長の指示を伝えた。ナボレス伯や騎士団長への報告時に同席する為だという。シンシアの事が気掛かりであったが、騎士団長からの指示では断れない。明日の朝にはアルムンドを出発すると応えた。


その日の夕食前、ジークはシンシアとの会話の中で、ナボレスへ戻ると伝えた。盗賊団の襲撃については伝えていなかったが、夜間の戦闘音や、その後の周囲の状況から、なんとなく察している様だった。


「すまない。なるべく早くアルムンドに戻って来る。俺が不在でも家族が対応してくれる筈だ。君が心配する事は何もない。」


「ジークにはお役目があるのですから、そちらを優先して下さい。私は大丈夫です。」


それから暫くはジーク不在の間の懸念事項について話し合った。2度目の襲撃が無いとは言い切れない。父と長兄が何とかするだろうが、いざという時は母や妹と共に避難してもらわなくてはならない。ナボレスへ戻ると伝えた直後は普段通りの表情であったシンシアだが、次第に表情は暗くなり、途中から眼から涙が溢れ始め、終いにはジークの胸に顔を埋めて声を殺しながら泣いた。


・・・やはり不安なのだろう。始めのうちは俺を心配させない様に気丈に振る舞っていたのかも知れない。不在の間の事は母から伝えて貰えば良かった。シンシアの気遣いを無駄にしてしまった。・・・


「アルムンドでお帰りをお待ちしています。」


ジークの胸に顔を埋めたまま小さな声で彼女は最後にそう言った。

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