第107話 シルリラの裏切り

「助けて、ジュード...」


イェリアナのその叫びで混乱した戦場は時が止まった様に凍りついた。しばし後に双方が距離を置く。するとイェリアナは大きく跳躍ちょうやくし、退がる獣人兵を飛び越えて、ジュードの前に出て来た。胸にあったペンダントの精霊石は砕け、紋章の光が消えている。イェリアナは一歩一歩ジュードに向けて歩き始めた。


「あぁ、ジュード。あなたが生きていて良かった。私は家族や多くの人々を殺してしまったけど、それはもう元には戻せないけど...あなたが生きていた事だけが救いよ。」


イェリアナは涙を流し、笑顔を浮かべながら、尚もジュードに近付いてくる。しかしジュードは警戒を緩めていない。光の剣を近付くイェリアナへ向けて構えた。いつの間にかゴルバとティーゼがジュードの横に立ちそれぞれの得物を構えている。それを見てイェリアナが立ち止まった。


「許してもらえないのは当然よね。もちろん犯した罪は償います。でもどうか今だけはその紋章の光を解いてジュードに触れさせて...あなたともう一度話したいわ。それともこんな姿になった私には触れられたくない?」


懇願する様な表情をイェリアナがジュードへと向ける。その表情を見て、ジュードは剣を下ろし、神装具を解こうとした。その次の瞬間、再び獣人兵の集団の中から叫び声がした。同時に火球が飛来し背後からイェリアナを襲う。


だまされないで下さい。そいつはアゼルヴェードの子供が化けているだけです。本当のイェリアナはそいつに取り込まれました。」


その言葉に反応してジュードが構え直そうとするが、それよりも早くイェリアナは剣でジュードに斬り掛かる。鋭く振り出された剣がジュードへと迫るが、警戒を解いていなかったゴルバの大楯がどうにか防いだ。そのイェリアナへ今度はティーゼが斬り掛ったが、イェリアナは軽く舌打ちしてからティーゼの剣を弾き、大きく後ろに跳躍して他の獣人兵の後ろに逃れてしまった。


「裏切ったねシルリラ。誰かこの女を拘束しろ。」


先程までのイェリアナと同じとは思えない言葉遣い。シルリラは直ぐに拘束された様だが、ジュード達からはよく見えなかった。ジュード達は構わず獣人兵へ襲いかかったが、何体かの獣人兵が守りに徹し、イェリアナに化けた獣人兵と共に多くは退がって行った。


こうして帝国の別働隊による奇襲は失敗に終わり、数日後に帝国軍の本体も撤退を始めた。双方共に被害は少なくないが、これが終わりでない事は明らかだった。


ーーーーーーーーーー


旧ハルザンドの王都の地下牢、鉄格子の奥で壁に鎖で手足を繋がれたシルリラがいた。そのシルリラを闇森人ダークエルフに看守が鞭打っている。シルリラの服だけでなく肌も破れ、多くの血が流れている。殴られ過ぎた顔もゆがんでいる。


「まったく、あんたの所為せいで大切な作戦が失敗しちゃったじゃないか。そもそも闇森人ダークエルフと同じ肌を持つあんたがなんで裏切れるんだよ。アゼルヴェード様の支配は完全な筈じゃないのかい。それとも紋章の力とでも言うのかい。」


柵の外から様子を見ていたにせイェリアナが独り言の様に話すが、先程から気を失っているシルリラは何も答えない。


彼等が知る由もないが、紋章を持つ者の魂はミケ達と同じ紋章の精霊と融合しており、少なくとも精霊の部分はアゼルヴェードを信奉する事はない。それゆえに闇森人ダークエルフの姿になりながらもシルリラは完全には支配されず、精霊石を取り上げられた際に正気に戻った。その時からシルリラは罪の意識に1人で苦しみ続けていた。


「あんた達、眼を覚ましたらまた痛めつけてやりな。簡単に殺すんじゃないよ。長い時間をかけて苦しませてから殺しな。」


それだけ言うとにせイェリアナは去って行った。闇森人ダークエルフの看守はシルリラに冷水を浴びせて眼を覚させ、再び鞭打ちを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る