第108話 マリリアの移送

帝国によるジョルジア侵攻はその後も続いたが、連邦側はそれをしのぎきり、双方共に決定打がないまま戦線は膠着こうちゃくしていた。その間にジュードとユリシスは連邦内の統治機構の整備と被害を受けた地域の復興に取り組んでいたが、その最中に、マリリアの責任問題に関する議論が持ち上がった。マリリアを非難する側は「国を滅ぼした者は即刻極刑に処すべし」と言う論調だが、一方でマリリアを擁護する側はその後の領土回復への貢献と戦力としての重要性から無罪または大幅な減刑を求めていた。


ジュードとマリリアはこの議論に口を挟まなかった。ジュードは未だ帝国に征服された国が残る中でこの議論は早過ぎると考え、マリリアはどの様な結論でも従うつもりだった。


ここで口を挟んできたのはスーベニア神聖国の統一教本部だった。統一教は、以前のジョルジアで起きた反乱の際にも、紋章を持つ者に罰を与える事に強硬に反対している。「その者が紋章を与えられた背景には神の意志がある、それを人に手で歪めてはならない」と言うのが統一教の主張だった。だがマリリアを非難する者達は「それでは我々の同胞が大勢死んだのは神の意志だったとでも言うのか」と反論し、再び議論は平行線となった。


「マリリアさんをスーベニアで保護いたします。」


スーベニア軍を実質的に率いているクリスが統一教の司祭と共にジュードの元を訪れて提案した。これにガイやフレミアだけでなくジュードも賛同したが、マリリア本人が反対した。


「私はジュードの側を離れたくはありません。例え私への罰が極刑と決まったとしても、その時までジュードの側に居たいです。それにジュードが戦闘で大きな傷を負った時にそれを癒せるのは私だけです。」


「マリリアさん、あなたがいる事でジュード様の立場は悪くなります。ジュード様が居なければ帝国に対抗できない事は周知の事実ですが、それでもジュード様を追い落とそうとする勢力は存在します。あなたの存在がその勢力に利用される可能性は高いのです。それにジュード様の治療はスーベニアの医療班に引き継がせますので、どうか安心して下さい。」


「マリリア、私もスーベニアへ行く事に賛成です。あなたはもう戦場に立つべきではないと思います。いつかジュード様の元に戻れる日が来ると信じて、スーベニアでその時を待ってはどうでしょう。」


尚もマリリアは反対の姿勢を崩していなかったが、最終的にジュードがスーベニア行きを指示し、その指示にマリリアは顔色を失いながらも従った。マリリアがスーベニアへ移っても責任問題の議論は続いたが、本人不在での議論は徐々に下火になって行った。


ーーーーーーーーーー


スーベニアに移ったマリリアは、暫くは自室に閉じ籠もり気味だったが、徐々に周囲にも溶け込み始め、帝国に弾圧されてスーベニアへと逃れてきた難民への治療や炊き出しを手伝う様になっていった。難民の中にはマリリアが闇森人ダークエルフを率いて国を滅ぼした事を知っている者もいて、そうした者達に罵倒される場面も少なくなかった。しかしマリリアが難民への奉仕活動を黙々と続ける姿を見て、また奇跡とも思える聖者の力を間近で見て、表立っての非難の声は徐々に減っていった。


「あなたは妊娠されているのですね。」


医療班に所属する年配のシスターにそう言われてマリリアは一瞬硬直した。スーベニアへと移る前に自分の妊娠を知ったが、大罪を犯した自分が子を儲けるなど許されるのか、産まれた子がどう扱われるのか、今は予想すら出来ない。可能であれば子と共に静かに生きていきたいが、その為にどうしたら良いのか、誰にも相談出来ずにマリリアは悩み続けていた。


「身構えなくても大丈夫ですよ。普段のあなたの生活を見ていれば、他所で言われている様な悪女ではないと分かります。ここにあなたとあなたの子を害する者はいませんよ。」


シスターを見つめるマリリアの眼が涙でうるむ。


「お相手はジュード様ですか?」


「それは申せません。申せば相手に迷惑を掛けてしまいます。」


「言えなくても問題ありませんよ。どなたが産むとしても、どなたがお相手でも、子は子です。今は新たな生命いのちを授かった幸せに感謝し、無事に産まれてくる事を祈りましょう。何か悩みがあるのでしたら遠慮せず相談して下さいね。」


「あぁ、シスター。ありがとうございます。」


翌日からもマリリアは難民への奉仕活動や治療を続けたが、周囲のシスター達がマリリアの体を慮って力仕事などを引き受けてくれ、またあれこれと世話を焼いてくれた。少しずつ大きくなるマリリアのお腹を見て難民達の中にも祝福する者が現れ始めた。

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