第127話 スーベニア炎上
イェルヴェがハルザンドの新興勢力を壊滅させてから数ヶ月後、フーゲルとキースはスーベニア神聖国の国境付近に軍を待機させていた。スーベニア国軍もそれに対峙する様に国境付近に待機している。理由は連邦政府からの要求をスーベニアが拒否した為だった。
「我々、連邦政府からスーベニアへの要求は2つ。1つが保護している紋章持ちを引き渡す事。これにはスーベニアが手引きしてハルザンドから連れ去った少年を含む。もう1つは連邦に加盟して連邦政府が派遣する政務官の統治を受け入れる事。いずれか1つでも受け入れられない場合、連邦軍はスーベニアへ侵攻する。」
「どちらも正当な理由がないゆえに拒否する。紋章を持つ者は我が国の国民であり、その国民を理由もなく引き渡す事はない。またハルザンドから連れ去ったとされる少年について、スーベニアは関与しておらず、該当する少年は国内にはいない。次の連邦への加盟については、そもそもこの件は当該国の判断に委ねられるべきで、連邦に強要する権限はない。それでも侵攻するというなら、我が国は徹底的に抗戦する。」
両軍が対峙してから既に1ヶ月余り。両陣営の主張はまったく噛み合わず、膠着状態が続いていた。この状況に焦れているフーゲルとキースは連邦軍の司令官を陣幕へ呼び出していた。
「何でさっさと攻めてしまわないんだ。兵数では圧倒している筈だ。」
「先ずは交渉での解決を目指すべきです。スーベニアは連邦設立当初からの同盟国。それを無視して連邦軍が侵攻すれば、連邦各国の反発を招きます。」
「それは連邦政府から派遣されている私達が気にすべき事で、君が気にする事ではない。軍人である君は私達に従う必要がある。」
「失礼致しました。ですが現在は交渉役がスーベニアへと行っています。彼等が戻るまでお待ち下さい。」
「仕方ない。交渉役が戻るまでだ。」
連邦軍の司令官が述べた通り今回の侵攻は条約違反で、連邦側に正義はない。司令官は理由を挙げてどうにか侵攻を遅らせようとしていたが、その努力も限界が近付いていた。
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スーベニア大聖堂の最奥、教皇の部屋にマリウスとジゼルが呼び出されていた。教皇の隣にはクリスが立っている。教皇はもう高齢である筈だが、杖も持たずにしっかりとした姿勢で立ち、強い眼差しをマリウス達に向けていた。
「連邦がこの国に攻めてくる事は避けられぬだろう。君達にはこの国から脱出してもらう。クリス、君もだ。」
「わっ、私もですか? 私は神殿騎士を率いる者としてこの国に残って戦う覚悟です。」
「僕も勇者の力で戦えます。一緒に戦わせて下さい。」
「いや、その前に交渉でしょう。今回の連邦の要求は間違っています。大陸中にある統一教教会を通じて各国の理解を得ましょう。」
「3人とも聞きなさい。連邦の、いや連邦を背後で操ろうとしている者達の目的は、統一教の権威と、この大聖堂に収められている財物を我が物とする事だ。その2つが目的である以上、各国がどう言おうと侵攻を止める事はない。それにクリスやジゼル君が戦闘に参加したとしても、連邦軍を防ぎきる事は出来ないだろう。そうであるなら、私は将来に希望を繋げたい。いつの日か、君達が平和な世界を取り戻してくれると信じて。」
「しかし逃げ場所などどこにもありません。」
「君達には海上から逃げてもらう。ゲイルズやカーマインの統一教教会には話を通してある。彼等の支援を受けながら東廻りで北の大陸を目指して欲しい。」
クリスやマリウスは何度か反論したが、教皇は受け付けなかった。
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数日後の夜、クリスとマリウスとジゼルの姿は海上にあった。多くの神殿騎士や宗教関係者も同行し、また持ち込める限りの祭具や書籍、神装具やその材料である鉱石や神樹の枝、それに神樹の苗木も運び込まれている。1隻の大型船と2隻の中型船だが、2隻の中型船はカーマインやゲイルズまでの人や物の輸送が主目的、また連邦の妨害があった時の囮の役割もあった。
既に連邦軍の侵攻は始まっていた。どちらの軍がやったのかは分からないが大聖堂や周辺の街は炎上し、その炎が夜空を照らす。その赤く染まった空が船上からも見えた。クリスやマリウス、その他の乗船者の多くが甲板で泣き崩れている。ジゼルは甲板に立って照らし出された夜空を眺めていた。
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