第54話 スーベニアの医療支援

ジョルジア王国に高度な医療技術はない。ジュードに対する必死の治療は続けられたが、一生消えぬと思われる外傷、視力や聴力の低下、歪な状態で接合しつつある骨折箇所、内臓にも深刻なダメージがあると予想され、これをジョルジアで完治させるのは困難だと判断された。そうした状況下でジョルジア王マルスは末娘マリリアを謁見室に呼び出した。


「王女マリリアを王族籍から除籍する。今この時よりマリリアはジュード殿のみに仕えよ。ジュード殿の治療を請う為にスーベニア神聖国へ急ぎ出立せよ。」


「王命、謹んでお受け致します。」


父王マルスと交わした言葉はそれだけだった。マリリアは自死を言い渡されたとしても従う覚悟だったが、ジュードに仕えよというのは予想外だった。マリリアは未だにジュードに会う事が出来ずにいたが、彼に仕えよという王命に反感や嫌悪感は感じなかった。むしろもっと酷い扱いをしてくれた方が気持ちが楽になれると思った。


ーーーーーーーーーー


マリリアは急ぎ旅装を整えて翌日にはスーベニア神聖国に向かって旅立った。女性の旅行には危険が伴うので、男装し、長い髪を切った。同行者は近衛兵2名だったが、幼少の頃から支えてくれた近衛兵ではなく、初めて見る者達だった。彼らはマリリアの護衛ではなく、スーベニア神聖国への父王からの親書や御礼品の護衛だと理解していた。長距離を自分の足で歩く、自分の荷物は自分で持つ、身の回りの事は自分でやる、宿がない時は野外で野宿する、どれも初めての経験だったが、旅を続けるうちに慣れていった。


スーベニアに到着して国境の検問所に目的を告げると、国境警備隊は馬車を用意してくれた。荷物を運ぶ為の馬車で、座り心地は悪かったが、移動は早くなった。この旅にはミケが付いて来て、旅の間に色々な話を聞かせてくれた。かつての魔神との戦い、紋章の精霊、ジュードと出会ってからの事など。一人で話している様に見えるマリリアに近衛兵は怪訝な眼差しを向けたが、マリリアは気にしなかった。


大聖堂に着くと隠者のミリア様が出迎えてくれた。ミリア様はかつて英雄王ジークに協力した方々の一人で、紋章を持たれる方で現在もご存命なのはハルザンドのイェルシア様とスーベニアのミリア様だけだった。ミリア様の紋章の力は特別で、天啓により神の御声を聞く事が出来ると言われている。一通り挨拶を述べて部屋へと案内される間にミリア様とミケが何か話していたが、内容は聞こえなかった。


ジュードの治療への支援をミリア様は承諾してくれた。直ぐに医療班を派遣して下さると言う。スーベニア神聖国の医療技術は、かつての聖者シンシア様には及ばないが、大陸随一と言われている。そのスーベニアの支援が得られるなら、ジュードが負った傷も完治する可能性が高い。マリリアは安堵した。それから医療班と共に帰国しようとすると、マリリアだけミリア様に止められた。


「貴方はここで紋章について学ばねばなりません。学びが必要だと天啓によって神から告げられています。」


それからの3ヶ月間、マリリアはシスターの衣装を纏い、早朝は神への祈り、午前中は教会の奉仕活動や医療行為の補助、午後は紋章の力を引き出す為の修行、夜は宗教学や言語学などの座学、その繰り返しの毎日だった。他者からすれば退屈なものかも知れなかったが、もともとマリリアは知識欲が強く、新しい学びが得られるこの機会を楽しんでいた。また毎朝の神への祈りを通じて自分の中にある暗い気持ちが徐々に薄れていくのを感じていた。


修行により紋章の力を使える様になっていった。マリリアの紋章は聖者だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る