第53話 マリリアの後悔

自分は子供の頃から活発で、同年代の貴族子女との交流の場には積極的に参加した。護衛付きで王都の商店街へ行く事も多く、街の人達に好かれていたと思う。学ぶ事が好きで、勉強はもちろん頑張ったが、武術にも興味を持ち、父王にお願いして近衛に剣術を教わった。そのお陰で同年代の友人の中では負け無しだった。


高等学校へは主席で入学できた。子供の頃からの友人の何人かも同じAクラスにいて安心したが、そのAクラスに騎士爵家の子と平民の子がいた。専属の家庭教師を付けたのかも知れないが、よほど裕福な家庭でないと優秀な家庭教師を付けるのは難しい筈だった。特に騎士爵家の子が受けた武術の模擬戦には驚かされた。他の受験生の誰も敵わない武術講師を一撃で倒していた。その騎士爵家の子はジュードという名だった。


空飛ぶ不思議なネコを連れ歩くジュードに興味を持った。空飛ぶネコは子供の頃に読んだ絵本に出てくる。空想の中の動物だと思っていたのに、それが目の前に浮かんでいるのを見て、気分が高揚した。暫くジュードの後を追いかけ、彼が素材の買取場所へ入ろうとしたところで声を掛けた。ネコに触れられなかったのは残念だったが、空想の中のネコが実在している事を知れて、マリリアは堪らなく嬉しかった。


それからジュードと話す機会が増えた。初めの頃はジュードに避けられている気もしたが、何度かマリリアから話しかけるうちに、普通に接してくれる様になった。ジュードは騎士爵家の出身だが、成績は良く、持っている知識が豊富で、特に武術の授業では講師を圧倒する程だった。その上、いつも落ち着いて、他者を見下す事もない。これまでマリリアの周りにいた友人達とは違うタイプの人間だった。


ジュードの入学試験の成績に不正があったと聞かされた時、Aクラスの担任教師とマリリアの友人達はジュードを下位クラスへ移そうと主張したが、マリリアは不正があったとは信じられなかった。ジュードと接していれば彼の知識の豊富さに驚く筈だ。彼が不正する必要などない。だからマリリアは担当教師と友人達の意見に反対した。学年主任は担当教師による改竄が分かっていた様で、結果的にジュードへの疑いは晴れ、担当教師が解雇された。


この事件の発端がマリリアが積極的に接近しているジュードに対する嫉妬で、それが友人達の中に残っていた事を、マリリアはこの時点では気付かなかった。


ジュードが騎士団員を含む20名以上を殺害した容疑で逮捕されたと聞いたのは、王宮で母親と話している時だった。最初は驚き、何かの間違いだと思った。しかし報告を聞くうちにそれを信じ、そしてジュードに失望した。そんな人間だと見抜けなかった自分を恥じた。犠牲者の中にフレデリカが含まれると知って、マリリアの気持ちはジュードへの怒りへと変わった。フレデリカの最近の素行の悪さは聞いていたが、それでも彼女が殺されて良い筈がない。何か一言でもジュードに怒りをぶつけたいと思い騎士団の地下牢へ行ったが、そこで見たジュードは既に死にかけている様に見えた。犯した罪を考えれば仕方ない事だと思えた。


騎士団に無理を言って闘技場での決闘裁判にも立ち会った。フレデリカの親であるヨミナス伯爵や、同じくジュードに子息を殺された貴族家も来ていた。苦しむ彼らの表情を見ると、子供を殺された親の気持ちが痛いほど分かった。完全武装した20名が死にかけのジュードと決闘する。明らかに不公平な決闘だが、周囲の人間は意義なしと叫んでいる。マリリアは声に出さなかったが、心の中では当然だと思っていた。


光の鎧や盾に守られ、光の剣で騎士団員達を斬り倒していくジュードの姿は、まるで神話に出てくる闘神の様だった。多くの騎士団員が血飛沫を飛ばしながら倒れる凄惨な事態だが、光に包まれたジュードは美しく、マリリアは彼から目が離せなかった。やがてジュードが観客席にやって来ると、護衛の何人かが斬り倒された。その血が自分へ降り注いでも、ジュードの光の剣が自分に向けられても、ジュードから目が離せずにいた。


祖母のマルグリット王太后が闘技場に現れてジュードの前に跪いた時、自分も含めたこの場の人間達が間違っていたのだと気付いた。近衛による調査結果でジュードに落ち度がない明らかとなって後悔し、次いでマルグリット王太后が下した処断の苛烈さに恐れ慄いた。近いうちに自分へも処罰があるだろう。英雄王ジークは大陸中にその名が知れ渡り、特にジョルジアでは神にも等しい存在だった。ジュードがその英雄王の転生体であるなら、彼と敵対した自分への処罰は、身分を剥奪した上で幽閉か修道院送りか、それならまだ良い方だが、もしかすると国外追放や自死を命じられるかも知れない。


「なぜジュードを信じられなかったの...」


今ならばジュードが20名以上を意味もなく殺害する筈がないと分かる。そして事の発端がマリリアとジュードの関係に対する友人達の嫉妬であった事も、その事を見過ごしていた自分にも責任の一端がある事も分かる。


決闘裁判以降、マリリアは学校へは行けず、王宮の自室に閉じ籠もっていた。同じ王宮にいるジュードの様子を伺う事も、謝りに行く事も出来ない。自分は無実のジュードを死なせていたかも知れない。その自責の念はマリリアの心を深く深く沈ませた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る