第55話 マリリアの献身

スーベニア神聖国からの医療支援によりジュードの治療は大きく前進した。外傷の痕は薄れ、目立たなくなっている。歪な形で接合しつつあった骨折箇所は繋ぎ直した。継ぎ直しは大手術であったが、ジュードの体調に合わせて何度かに分けて実施した。特殊な薬草を使った薬を服用する事で内臓機能も回復しつつあった。3ヶ月経ち、ジュードはどうにか立ち上がれる様になっていたが、筋力の衰えはどうしようもなく、一人で出来ることには限りがあった。


その頃にはマリリアがスーベニアから戻っていた。彼女は常にジュードに付き従っていた。朝には聖者の祈りを捧げ、ジュードが歩く時は横で支え、食事の時は補助し、身体中に薬を塗り、体力向上の為の運動を補助し、王宮のメイド達に混じって入浴介助もした。ジュードが朝起きる時には既にベッドの横にいて、ジュードが眠るまでベッドの横にいた。ジュードはマリリアに休むよう促したが、彼女は笑顔を向けるだけで、生活を変える事はなかった。


さらに3ヶ月後、ジュードの体力がかなり回復し、大凡の事が一人で出来るようになった。視力や聴力も改善してきた。しかし指先を動かす事には未だ不都合があり、食事や指の回復訓練などではマリリアの補助が続いていた。マリリアはそれ以外の事も引き続き補助しようとしたが、それでは訓練にならないとジュードは断った。これでマリリアも休むだろうとジュードは思ったのだが、彼女は小さな机と椅子をジュードの部屋に持ち込み、時間がある時はそこで本を読みながら過ごした。


体力が戻ってきたので、ジュードは高等学校に復学する事にした。マルグリットやマルス王は了承したが、二人からは寮ではなく王宮から通って欲しいと言われた。ジュード自身は、貴族子女の義務だと言う点を除けば復学の必要性を感じないが、今のままではマリリアも復学しない。それでは彼女の将来の可能性を狭めてしまうだろうと考えていた。マルグリットやマルス王も同じ考えだろう。


復学の手続きは直ぐに済んだが、長く休学扱いだった為、Aクラスではなく、最下層のHクラスに入れられた。マリリアも同じだった。Hクラスになると殆どが平民で、残りは下級貴族の子女だった。ジュードを知る者はいないが、流石にマリリアの事は知っていた。マリリアが王族籍を外れた事は公表されておらず、生徒達の認識は王女のまま。初めの頃は恐縮するばかりで誰もマリリアへ近づかなかったが、マリリアは一人一人に挨拶して回ると、次第に話し掛けてくる生徒が出てきた。マリリアは誰に対しても丁寧に受け答えし、生徒達の信頼を得ていった。


「マリリア様はどうしてジュード君といる事が多いのですか?」


ある日の休憩時、数名の女子生徒がマリリアに質問した。ジュードは高等学校内ではなるべくマリリアから離れる様にしていたが、マリリアは通学時と昼食休憩時には必ずジュードの横にいる。昼食時にはジュードの食事の補助を優先し、ジュードが食べ終わってから自分の食事を始める。当然ながらその光景を多くの生徒が目撃し、王女が下級貴族の三男坊に尽くす姿に疑問を持っていた。


「私がそれを望むからです。」


マリリアのその簡潔な回答はおそらく様々な誤解を生むだろうが、彼女はそれが当然の事だと言わんばかりに平然としている。マリリアの回答を聞いた女子生徒達がキャーキャーと騒ぐ。明らかに恋愛話だと勘違いしてそうだが、マリリアは否定も肯定もせず、ただニコリと微笑んだ。王命だから、ジュードが実は英雄王ジークだから、と言えない事情はあるが、王女の恋愛話は娯楽に飢えた民衆にたちまち広まってしまう恐れがある。ジュードは否定しようとしたが、マリリアに止められた。

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