第36話 黒い影

ライドル共和国に入ったジークとシンシアの探索は思うように進まなかった。都市の有力者へ協力を要請し、過去の魔獣被害の情報を収集整理し、ライドル国軍と共に都市周辺を探索し、魔獣の群れが発生していれば討伐する。しかしライドル国軍の練度は低く、行軍速度も遅かった。加えて都市間の移動では各種手続きの為に足止めされた。これらが都市毎に発生した事が遅れの要因だった。かつてゲイルズカーマイン帝国を打倒した英雄ジークを一目見ようと民衆が集まった為に足止めされた事もあった。イェルガとカインが合流した時点では未だライドル共和国の半分の地域しか探索できていなかった。


焦るジークを宥めつつ、シンシアは訪れた各都市および周辺で傷病者の治療にあたった。もともと小国であり医療施設も不十分だったところに魔獣被害が重なり、各都市には兵や民の傷病者が溢れていた。それ故にシンシアの治療は大いに歓迎され、感謝され、しまいにはシンシアは今世の大聖女だと持ち上げた。ライドルの教会がシンシアを聖女認定しようとしたのは流石に止められたが、それ程に民衆は熱狂していた。この日もシンシアの治療所には多くの民衆が集まっていた。


そんな時にシンシアの治療所へ魔獣の群れが襲いかかった。


シンシアの護衛にはジークが連れてきた先鋭部隊が付いているが、治療所に来ていた多くの民衆が無秩序に逃げ惑い、その勢いに押され、魔獣の群れに対する構えが出来ずにいた。魔獣の方も散り散りに逃げる民衆を追って広がり、群れとしての纏まりを欠いていた。先鋭部隊の隊長はシンシアを守る事に専念すると決め、彼女を中心においた円陣を敷いた。そこへ騒ぎを聞きつけたジークとイェルガが駆けつけ、民衆を追い回している魔獣を一匹ずつ打ち倒していった。遅れてカインが駆けつけ、シンシアを囲む円陣の中に入った。


暫くして魔獣を全て片付けたジークとイェルガがシンシアの所に集まった。周囲ではライドル国軍が怪我人の保護や逃げ遅れた民衆の避難誘導をしていた。そして改めて魔獣の群れが来た方向に目を向けると、魔人の集団と、その後ろに大きな影があった。


カインが魔人の集団に向けて炎の球を数発放ち、その後にジークとイェルガは魔人に向けて駆け出した。魔人の集団はその場に座って何かを念じている。何人かがカインの炎に飲み込まれても念じ続けていた。その魔人達の前に大きな影が出てくる。影は、人型の様にも、鳥の様にも見えた。実体が不確かなのか輪郭がぼやけている。未知の生物だった。イェルガは構わず斬撃を放ったが、影には効き目がない様だった。カインが続けて影に炎を放ったが、こちらも手応えがなかった。しかし最後に放ったジークの斬撃は影の一部を切り裂いた。


切り裂かれた影は後退りし、魔人達の近くに寄ると、幾つもの触手をその身から伸ばし、念じ続ける魔人達に巻き付いた。巻き付かれた魔人達は精気を吸い尽くされた様に干からび、その場に倒れ込んだ。それでも他の魔人達は念じ続けている。そうして全ての魔人が干からびた時、影の輪郭はよりハッキリとなり、ジークに切られた箇所もいつの間にか元通りになっていた。今やその影は翼を持った人型になっていた。その人型の腕の先は幾つにも枝分かれした触手だった。


ジーク達はそれを黙って見ていた訳ではない。何度も攻撃を試みた。しかしイェルガとカインの攻撃は効き目がなく、逆に触手で弾かれていた。ジークも攻撃を試みたが、影の触手の攻撃に阻まれて容易に近づけず、僅かな傷を与えるのみだった。


「ジークは攻撃に専念しろ、防御はこっちで引き受ける。」


イェルガは大剣で、間に合わなければ自身の体で、ジークに迫る影の攻撃を弾き返した。当然ながらイェルガの鎧は破損し、身体に傷を負っていく。それでもイェルガは止めない。影の攻撃を弾き続けた。シンシアを守っていた先鋭部隊の何人かもそれに続く。重症者が出れば後退してシンシアの治療を受ける。そしてまた戦線に復帰する。カインも魔術を放ち影の視界を塞ぐ、あるいは注意を逸らさせた。そうやって仲間達が作ってくれた隙をジークは見逃さず、影の中心に向けて剣を突き刺した。

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