第101話 イェリアナの出産

旧ハルザンドの王宮ではイェリアナの他にもアゼルヴェードの子をみごもった女性が何人かいるが、精霊石を持たぬ普通の女性にとって異界の怪物であるアゼルヴェードに何度も陵辱りょうじょくされる苦痛は耐え難く、多くは気が触れてしまって地下牢に幽閉され、出産が終われば処分される。闇森人ダークエルフの場合は、アゼルヴェードに抱かれても気が触れてしまう事はないが、種族として子をはらみにくい体質らしく、少なくとも旧ハルザンドの王宮に闇森人ダークエルフの妊婦はいなかった。


イェリアナがアゼルヴェードの子供を出産したのは、マリリアがジュードにくだった頃だった。出産に強い苦痛は伴わず、人間の赤子と同じ大きさで、アゼルヴェードと同じ粘液状の姿をした生き物がするりと出て来ただけだった。産まれて直ぐに自分でイェリアナの乳房まで這い上がり、乳を飲んでいた。但し、イェリアナ自身は妊娠中から徐々に老け込み、今では40歳を超えた容姿、シワが増え、皮膚のハリは無くなり、所々にシミが浮き出ていた。豊かだった胸も垂れてしまっている。


「無事に出産できた様だな。だが紋章が子に引き継がれなかったのは残念だ。」


「紋章の精霊は私の魂に結び付いていると聞いた事があります。ご期待に添えず申し訳ございません。」


「問題ない、当面は子育てに専念してくれ。」


そう応えながらアゼルヴェードは頭の中で別の事を考えていた。産まれた子供が自分の神性を引き継がない事は北で産まれた子供達を見て分かっている。紋章だけであれば、自分が森人族の神を取り込んだ様に、成長した子供にイェリアナを取り込ませれば引き継げるかも知れない。しかし紋章だけでは今のイェリアナと同じ様に神装具とやらを使う事は出来ないだろう。結局は北の神を封じた精霊石を与えねばならない。


アゼルヴェードはイェリアナを獣人兵に変え、そのイェリアナを子供に取り込ませる事にした。紋章が引き継がれない可能性はあるが、その時は神性のない獣人兵として戦わせるか、イェリアナが持っている精霊石を与えて神性を持たせれば良い。


数ヶ月後、イェリアナは山羊の獣人兵へと変わっていた。馬ほどの大きな山羊の体と四肢、その上にイェリアナの上半身が乗っている。頭には山羊の角が生えている。イェリアナは術式台の上に拘束されたままの状態でアゼルヴェードを見上げていた。アゼルヴェードの横には北から連れて来たアゼルヴェードの子供がいた。イェリアナとの子供とは違って人間の大人ほどの大きさに成長している。


「アゼルヴェード様、新しい体を与えて下さりありがとうございます。これで今まで以上に戦えます。」


そう感謝を述べたイェリアナには反応せず、アゼルヴェードは無造作にイェリアナの胸にあった精霊石のペンダントをもぎ取った。すると徐々にイェリアナに対する精神支配が解け始める。それに伴ってイェリアナはこれまで自分が犯してきた過ちに気付き、罪の意識にさいなまれてガタガタと震えた。ジュードを殺した。父や家族を殺した。祖母は自分のせいで自害した。愛していたハルザンドの人々を苦しめた。その記憶は確かにあるが、なぜ自分がそんな罪を犯したのか理解出来ない。自分はジュード達と共に新しき神を倒すのではなかったのか。なのに自分は敵であるアゼルヴェードの妃となり怪物の子を産んだ。なぜだ。言いようのない不安に襲われてイェリアナは大きな悲鳴をあげて暴れようとするが、拘束されて動けない。拘束具が暴れるイェリアナの体に食い込んでも、傷ができて血がにじんでも、イェリアナは顔をゆがめながら叫び続けた。


「あぁ、ジュード、マリリア、シルリラ...4人でいたあの頃に戻りたい。」


いくら暴れても無駄だと諦めて動かなくなったイェリアナをアゼルヴェードの子供が足元から取り込み始める。ゆっくり、ゆっくりと。その長い時間、イェリアナは後悔の念にさいなまれ続け、頭部が取り込まれる頃に意識を失った。イェリアナを取り込み終えたアゼルヴェードの子供は、姿を獣人兵となったイェリアナへと変えた。その胸には紋章が光っていた。

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