第102話 シルリラの闇堕ち

シルリラの妊娠はイェリアナの4ヶ月後、まだ出産の時期は先だった。ジュード達は知らなかったが、スーベニアがアルムヘイグへ侵攻している頃には、シルリラは旧ハルザンドの王宮へと移っていた。妊娠した事でシルリラもイェリアナと同様に徐々に老い始めていた。


シルリラは多くを与えてくれたアゼルヴェードに深く傾倒けいとうしていた。マリリアやイェリアナと共に行動していたとは言え、2人は王女、シルリラは子爵家令嬢にすぎない。それが今やアルムヘイグを統治する立場となっている。それも、砂漠ばかりのハルザンドや小国のジョルジアではなく、大陸を代表する大国をだ。子爵家令嬢だった頃とは大きく違う生活。多くの者が自分にかしずき、政務も、身の回りの事も全てやってくれる。誰もが憧れるであろう生活に身を置く自分に陶酔とうすいしていた。


この世で最も優れた神はアゼルヴェード様だ。そう考えたシルリラがアゼルヴェードを唯一の神としてあがめ始め、より深く傾倒けいとうしていくと、徐々に彼女の肌は闇森人ダークエルフの様に褐色の肌へと変じていった。すると紋章の力が弱まり、それに伴って魔術の威力も落ちていった。しかし精霊石によって神装具を使う事は可能で、威力が落ちたとは言え、実戦で使える威力を保っている筈だ。シルリラはそう考えていた。


「シルリラは褐色の肌を得たか。」


「アゼルヴェード様のおかげで私も闇森人ダークエルフと同じ体を得る事が出来ました。これからもお役に立って見せます。」


「あぁ、期待している。」


そう応えながらアゼルヴェードは頭の中で別の事を考えていた。褐色の肌を得たという事は闇森人ダークエルフと同様にアゼルヴェードの支配下にある。もう精霊石で精神支配する必要はないだろう。そもそもシルリラの存在価値は強力な魔術攻撃であって、その魔術が弱まってしまったのなら価値はない。貧弱な魔術など弓矢による攻撃とさほど変わらない。その点でも、もうシルリラに精霊石を使わせる必要はなかった。残された唯一の価値といえば闇森人ダークエルフと違って子を孕める事だが、それも老いてしまうと可能性は低い。


「もうこの石精霊石は必要ないだろう。」


そう言ってアゼルヴェードは無造作にシルリラの胸にあった精霊石のペンダントをもぎ取った。シルリラは一瞬硬直したが、直ぐに元の状態に戻った。その表情からは何の感情も読み取れない。ただ、彼女の瞳から一筋だけ涙が流れた。ペンダントを持ってさっさと部屋を出ていったアゼルヴェードはシルリラのその涙に気付かなかった。


アゼルヴェードは引き続きシルリラにアルムヘイグの統治を任せた。但し、実務は闇森人ダークエルフが担い、シルリラは旧ハルザンド王宮にいる。名目だけの統治者だった。子供が生まれた後にどう扱うかは後で決めれば良いとアゼルヴェードは考えていた。

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