第66話 偽りの英雄王

王都騎士団が無実の青年を拷問した事、決闘裁判で殺そうとした事は多くの貴族家当主が知っている。だが、拷問されていた青年が一人で王都騎士団を壊滅させた事を知る者は限られていた。いや正確には、話として聞いている者は少なくなかったが、それを信じる者は限られていた。どうせ罪を犯した騎士団を貶める為に王家が話を誇張したのだろう、貴族家の多くはそう受け止めていた。


拷問を受けた青年が高等学校に通うジュードである事、そのジュードが英雄王ジークの転生体だと言う事を知る者は更に限られていた。決闘裁判の現場にいた幾つかの貴族家と生き残った騎士、王宮内の一部の関係者、それに王と王太后が必要と認めた者だけ。王家により徹底した箝口令が敷かれ、証拠書類等は秘匿され、それ以上はジュードの存在が広まる事はなかった。イェルシアやシルリラの母親は例外で、イェルシアはミケから、シルリラの母親は義母であるマルグリット王太后から聞かされていた。


ジョルジア王国の民衆は英雄王ジークが転生した事を知らされなかった。いつかはジュードの存在を公表する日が来るとしても、その時期や、公表後のジュードの立場をどうするかが決まっていない為だった。民衆の方も、僅かに漏れ出た英雄王の噂話を聞かされても、また偽物が出たと思うだけだった。


そうした状況下、ジョルジアの南東にある小さな都市で事件は起こった。一人の青年が200を超える兵と共にその小さな都市を制圧し、都市中央に民衆を集めて王家への反抗を宣言した。


「我は英雄王ジークである。見よ、この胸に輝く紋章を。今の王家は我の不在の間に王を僭称し、不当に富を蓄え、民を苦しめている。その証拠に、心ある幾つかの貴族家は我に従っている。正義は我にあり。ジョルジア国民よ、今こそ立ち上がり、共に王家を倒そう。」


青年の胸に輝く紋章を見て民衆は驚いた。この時代には本物の英雄王の姿を見た者は僅かしかいない。紋章が光る姿ですら多くの民衆は見た事がない。故に紋章が光るという本や歌劇と同じ事象を見て、いまだ半信半疑ではあったが、民衆は青年に従った。


「我は常勝無敗、我に従えば誰が相手でも必ず勝てる。」


「英雄王ジークこそ、この国の正当な王だ。英雄王バンザイ。」


青年の率いる反乱軍は次々と近隣の貴族家領地を占領していった。それに伴って新たに民衆が加わり、反乱軍は勢いを増していった。言葉通りに連戦連勝で突き進む青年を見て、最初は半信半疑だった民衆も、今では青年が英雄王であると信じていた。


青年が反乱軍を率いて占領地を広げていた頃、その反乱軍が占領した地域にある都市に名門貴族家の当主が集まっていた。


「あの若造はうまくやってる様だな。愚民どもは若造に騙されてるとも知らずに。馬鹿な奴らだ。」


「どこまでやれるかのぉ、王都では本物の英雄王の噂もある様じゃが。」


「その時はその時よ。表向きわしらは中立の立場だから困らん。それに本物といえど所詮は人間、歌劇にある様な超常の力なんぞは作り話だろうよ。」


「確かにそうじゃの、それに民衆を盾にされてはまともに戦えんじゃろう。」


英雄王ジークを騙る青年が初めに占領した都市は名門貴族の領地にあった。その都市の民衆が苦しんでいたのは事実だが、それは名門貴族の無理な増税が理由であって、王家は関係ない。そもそも名門貴族の関心は、如何に自分の資産を増やすか、領土を広げるか、権限を増やすか、敵を貶めるかであって、民衆が苦しんでいても構わない。今回の反乱にしても、王家の権威を失墜させられれば最善、それが無理でも敵対する新興貴族を一掃できれば良く、キリが良いところで仲介に入って自分達の存在感を高めようという考えだった。それによって苦しめられる民衆の事など考えてもいなかった。

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