第8話 ベントリー領の復興

シンシアとの婚約をナボレス伯爵へ報告すると、散々に揶揄われたが、伯爵は存分に笑った後、事前にご祝儀を用意しておいたよと幾つかの金品と書面をジークに渡した。書面の1通は男爵位への叙爵の通知書で、シンシアとの婚姻が条件だと但書がある。もう1通はベントリー領主の任命書、最後の1通は騎士団の除隊証明書だった。金品の中には新しい領主印もあった。家名はベントリーとなっていた。


「さっさと行って建て直しなよ。」


聞けばベントリー領は大変な状況で、ナボレスから派遣した文官だけでは対応しきれないそうだ。多くの関係者が投獄され、その中には領地経営などの重職を担っていた者も含まれる。先ずは人集めから始めねばならない。前任のシンシアの叔父は資産没収されているので資金もない。借金前提の船出とは幸先が悪い。やや暗い気持ちでジークはベントリーへと向かった。


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ベントリーへと向かう馬車には盗賊団討伐で共に戦った騎士団の教官と冒険者が乗っていた。教官...元教官になるが、彼は引退間際の年齢なので退団して余生は田舎で暮らすのだと言う。冒険者の方は、沢山稼げそうだから、だそうだ。途中のアルムンドに寄ると、次兄が乗り込んできて、役所を辞めてベントリーの領地経営を助けてやると言った。シンシアと彼女付きのメイドと何故か母も同行するが、彼女達には別の馬車を準備した。


ベントリー領はアルムンド領と比べて数倍の広さがあり、領民の数も多い。隣領だけあってアルムンドと同じ気候、農作物にも違いはないが、未開発の地域が多く残されている。ベントリー領の中心にある街に入ってからジークは馬車を降り、歩いて男爵邸へ向かう。領民からは好意的に迎えられた。ジークが盗賊団討伐の英雄だと知られていたからだった。


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ベントリー領に着任して数週間後、ジーク以外の者達は慌ただしさの中にいた。母はジークの騎士団からの退職金を丸ごと奪い、邸宅の改修、新しい執事やメイドの採用、人気取りのための貧民街での炊き出しを始めた。シンシアもそれを手伝っている。元教官は守備隊の再編成と訓練、次兄は領地再建計画の立案と資金集め、冒険者達は役人では手が届かない領民達の雑多な依頼に対応している。ジークはといえば、新領主就任を祝って集まった商人や近隣からの訪問者に対応していたが、こうした事には慣れておらず、どうにかして逃げ出したかった。時折、奴隷から解放された領民や盗賊団に被害にあった領民を訪ねて必要な支援について話し合ったが、こちらの方がジークには合っていた。


「収穫祭に合わせて婚約式をしましょう。」


領民達が秋の収穫を終えて一息つき始めた頃に母が急に言い出した。ジークは少し前に16歳になっていたが、まだ若年であり、結婚はしていない。シンシアの心の傷がもう少し癒されてから正式な結婚式をあげようと話し合っていた。そのため2人の関係を表すなら婚約になるのだが、それは周囲の限られた者が知るだけだ。


「この領にいま必要なのは将来の希望を感じさせる明るい話題です。」


まったくその通りなのだが、ジークは気恥ずかしさを感じた。シンシアは顔を赤らめて俯いている。しかし母の行動は早く、衣装や当日振る舞う食事や酒の準備に取り掛かってしまった。次兄は賛成だと言い、横で聞いていた元教官はガハハと笑っていた。そうして急遽準備された婚約式だったが、それにしては立派な舞台が収穫祭当日に設置され、周囲は花々で彩られ、多くの料理や酒が振る舞われた。周囲が盛り上がってきたところで着飾ったジークとシンシアが舞台中央に上がると、集まった領民達の盛り上がりは最高潮に達した。神官が2人の前で祝福の言葉を述べていたが、まったく聞こえなかった。


収穫祭の翌日、片付けが終わり街が静けさを取り戻した頃、ジークとシンシアの2人は男爵邸の裏手の丘に登った。ここにはベントリー家代々の墓が並んでいる。その一角にある比較的新しい墓がシンシアの父親の墓で、2人は花束を添え、婚約した事を報告した。


それから2人は手を取り合い、夕陽に照らされたベントリー領を眺めた。

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