第7話 シンシアへの想い

シンシアとの事については彼女の意思も尊重しなければならない。ジークは月明かりを頼りにアルムンドまでの夜道を駆けた。その馬上でシンシアとの事を考え続けていたが、朝陽に照らし出されるアルムンドの美しい自然が見えてくる頃には、ジークの中から余計な物が剥がれ落ち、本当に必要な物だけが見えてきた。


・・・自分には好いた女性がいて、その女性に求婚するだけだ。きっかけが何だとか、断られたらどうするとか、連座制の事とかは後で考えれば良い。・・・


そこに思考が辿り着くと、ジークの迷いは消えた。


アルムンドの実家に着いたその日、家族への挨拶もそこそこに、ジークはシンシアの部屋を訪れた。部屋にはシンシアと彼女付きのメイドが居たが、メイドは訪ねて来たのがジークだと分かると、二人分のお茶を用意した後に部屋を出て行った。ジークはお茶を少し飲むと、彼女の手を取ってと話し始めた。


「シンシア。急にこんな事を言うと混乱させてしまうかも知れないが、聞いて欲しい。これからの君の人生を俺に守らせて欲しい。結婚してくれないか。」


しかし彼女は求婚に関して何も言わず、彼女の身に起こった過去の出来事を話し始めた。


過去のジークとの婚約はシンシア望んだ事だった。その頃が幸せの絶頂期だった。しかし叔父の横槍が入り、婚約話は流れてしまった。暫くすると父が亡くなり、叔父が領主を引き継ぐことに。父の葬儀を終えてシンシアは家を出ようとしたが、叔父の手下に捕らえられ、男爵邸の屋根裏部屋に閉じ込められた。ある時、叔父が屋根裏部屋に来て、シンシアの着ていた衣服を破り、無理矢理にシンシアの純血を奪ってしまった。叔父に辱められたのは一度や二度ではない。またその事を知った夫人には鞭で打たれ、その痕は今も残っている。逃げ出せたのは幼少期に付いてくれていたメイドのお陰で、叔父と夫人がシンシアを何処かに売り渡そうと話しているのを物陰で聞いたメイドが逃亡を助けてくれた。ジークとの思い出だけが心の拠り所だったので、逃亡先はアルムンドにした。ジークと再会できた事が今は何より嬉しいと。


「あぁジーク。貴方に求婚されて素直に嬉しいです。これからの私の全てを貴方に差し上げます。...ですが先程お伝えした通り私の体は穢れました。お側に置いて下さるならどうか愛妾として...召使いでも構いません。お側にいられるだけで私は幸せです。それに貴方は必ず大成します。貴方の隣にはもっと素晴らしい女性が立つべきです。」


そこまで言ってシンシアは泣き崩れた。その姿をみて彼女の叔父への憎しみが沸々と湧いてくる。彼女の運命は何故こうも過酷なのか。彼女を守ると自身で誓った筈なのに、その彼女は既に不幸のどん底に突き落とされてしまっていた。聞かされた事実はジークの心に深く深く突き刺さった。しかし一方で、彼女が自分と結ばれたいと望んでいたと知り、その事がジークの勇気を後押しした。アルムンド迄の道のりで考え抜いたジークに迷いはなかった。


「起き上がってもう一度話しをさせて下さい。」


ジークはシンシアの肩を抱いてゆっくりと立ち上がらせ、涙を拭いて椅子に座らせ、彼女の正面で片膝をついて、改めて自身の想いを伝えた。


「どういう過去があるとしても、今こうして2人が共に居られて嬉しく思うこと、シンシアだからこそ自分の側にいて欲しいと願っていること、その気持ちに変わりはありません。もう一度言わせて欲しい。俺と結婚して下さい。何があろうと、シンシアのこれからの人生を俺は守り抜きます。」


それからも拙いながらも幾つもの言葉で想いを語り、改めて彼女の手を取った。長い静寂の後、彼女は小刻みに震えながらも頷いてくれた。ジークはシンシアを優しく抱きしめると、彼女はジークの胸に顔を埋め、小さな声で「お願いします」と言った。


それから少しの間はベントリー領の事や今後の生活について2人で話し合った。連座制の事も伯爵の提案の事も正直に伝えた。父親が亡くなった理由が叔父の陰謀だったと知った事にシンシアは驚いたが、今後に関しては全てジークに任せるとシンシアは応えた。


その後、家族全員を食堂に集め、叙爵する事やシンシアとの結婚を伝えた。


「正式な結婚は未だ先になると思います。その前に領地経営について多くを学ばなくてはなりません。落ち着いてから結婚するつもりです。」


「よくやりました。さすがはジークです。貴方の事を誇りに思います。」


おそらくシンシアの事情に気付いているであろう母はそう言った。父と長兄は自分の事のように喜び、大声で何か叫んでいる。妹も本当の姉ができたと喜んだ。シンシア付きのメイドは部屋の隅で静かに泣いていた。


その日の夕食には豪華な食事が並べられ、皆がジークとシンシアにお祝いの言葉を述べた。シンシアは時折泣いていたが、その涙に悲しみは感じられなかった。

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