第6話 ベントリー騒乱の後始末

ベントリー領主の屋敷に到着したジークはその足で騎士団長と領主がいる部屋へと向かった。ジークから証拠品を受け取った騎士団長の動きは早かった。ベントリー領主シーガスとその妻ナーミラをその場で捕え、男爵邸での捜索を指示した。同行していた騎士団員は、屋敷内の使用人を一部屋に閉じ込めて見張りを付け、残る団員で手際よく証拠となりそうな品を押収した。


盗賊団討伐と同時に進められていた奴隷商人の拘束と元領民の保護は、こちらも想定通りに終えられた様で、作戦に参加した団員達が元領民と共に男爵邸の近くの広場で待機していた。奴隷とされた元領民の多くはベントリー北部の山中にある塩鉱山で働かされていた。保護する前に情報が伝わってしまうと違法取引の証拠となる奴隷は消されてしまう可能性がある。多くの元領民を確実に保護する必要があったため、こちらの作戦には多数の騎士団員が投入されていた。


ベントリー家に出入りする人物については、追跡中に何者かの妨害に遭い、身柄を確保する事が出来なかった。男爵邸内の押収した証拠品で身元に繋がる材料が得られる事に期待するしかないが、おそらく難しいだろうと思われた。シンシアが乗った馬車を襲った黒い騎馬兵の手掛かりも得られなかった。


数日後にはナボレス伯領から文官数名が到着し、領内運営の安定化、元領民の復帰支援、今回の事件に関する継続調査に取り掛かった。騎士団長を含む半数の団員とベントリー男爵やその他の容疑者達は文官と入れ替わりでナボレスへ向かい、残る半数の騎士団員には盗賊団残党の討伐が命じられた。ジークにも帰投命令が出され、アルムンド経由でナボレスへ向かった。討伐戦で傷を負った長兄もアルムンドまで同行した。


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ベントリー辺地騒乱と後に呼ばれる一連の事件は、国家レベルと比べれば規模は小さいものの、ジークが集めた前男爵殺害指示や違法な奴隷売買の証拠を含み、また多くの奴隷達が働かされていた塩鉱山が王国へ未報告のものであった為、早い段階で国家反逆罪の適用に相当すると判断された。裁判で最終結果が出るまでに長い期間を要するだろうが、国家反逆罪適用ならベントリー男爵の極刑は免れない。連座制により男爵家族も何らかの刑罰を受ける。そうなるとシンシアも連座制の対象となってしまう。


数日後、ジークはナボレス伯爵や騎士団長が参加する会議へ討伐隊指揮官として出席した。会議の場には伯爵や騎士団長だけでなく伯爵領の重鎮や王家から派遣された文官も座っていた。ジークを含めた各作戦の指揮官をその場に招き入れる前に事前の説明がされていたのか、一人だけ若いジークは注目を浴びた。


・・・シンシアを連座制の対象とする訳にはいかない。彼女は自分が必ず守る。・・・


会議の主題はベントリー男爵シーガス...既に元男爵だが、彼が起こした事件への今後の対応と、作戦に参加した騎士団員たちの論功行賞だった。シーガスは王都へ連行して裁判にかけると決まった。論功行賞については、先ず騎士団長から提案内容を説明し、若干の質疑応答があり、最後に伯爵が承認するという手順で進められた。その中で今回作戦の勲功第一位をジークとし、勲章の授与と報奨金、それと騎士爵への叙爵が提案された。その提案理由として、シーガスが犯した罪を立証する決定的な証拠品の提出と、少数での盗賊団討伐が挙げられた。


「私に対する全ての褒章を辞退します。前領主の娘シンシアへの温情ある対応をお願い致します。」


突然のジークの発言に多くの参加者は驚きの表情で、伯爵は例のイタズラ好きな少年の表情でジークを見た。ジークはそれらの視線には構わず、シンシアは父親を殺された被害者、事件には全く関与していない、彼女の今後はアルムンド家が責任を持って支援する、などと一気に話した。ジークが話終わった後、伯爵は一つの提案をした。


「シンシア嬢が大切なんだろう。それなら君が彼女を娶りなよ。それでベントリーを治めれば良い。シンシア嬢の父親は僕の親友だった男でね。あそこは他家に任せたくないんだ。そもそも国防の最前線だから誰も欲しがらないし。あぁ、塩鉱山はダメだよ。あれはこっちで預かる。多分、王家に差し出す事になるかな。」


伯爵が言うには、仮にシンシアが連座制の対象となって平民落ちしても、ジークが娶れば彼女は貴族の身分のまま。逆に無罪放免だと、長女は既に他家へ嫁いでいるので、次女のシンシアは男爵家の唯一の継承者として家を維持するために誰かを、おそらくジークを婿に迎える事になる。ジークとシンシアが浅からぬ間柄ならどちらも同じだし、その様な間柄ではないならジークが褒章を辞退する必要はない筈だ、と。


・・・おそらく伯爵は塩鉱山の利権を王家へ献上する事で自分の寄子である男爵が起こした不祥事の穴埋めをするつもりだ。その上でベントリーの統治を誰に任せるかだ。若手の騎士団員でしかない俺に盗賊団討伐を指揮させ、その功績で騎士爵というのは与え過ぎだと思ったが、伯爵は始めから俺に治めさせる事を狙っていたのだろう。俺とシンシアの関係も、彼女をアルムンドで保護している事も知った上での判断かも知れない。それにしても・・・


伯爵の提案が1つの解決策であるのは確か。しかしジークとシンシアは単なる幼馴染でしかない。婚約話が流れてしまった過去もある。ジークはシンシアを好ましく思っているが、まるで自分の身を守りたければ結婚しろと脅している様で、こんな話を彼女は受け入れくれるだろうか? ジークは返答に窮した。慣れぬ話題に困惑した表情を隠せぬジークを、伯爵と年嵩の参加者がニヤニヤしながら眺めていた。

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