第29話 外伝:ヴァルベルト
ゲイルズカーマイン帝国の地方都市を囲む城壁の前に一人の青年が立っていた。安物の革鎧、手には棍棒を持った門番だった。青年の名はヴァルベルト。貧乏騎士爵の三男坊で、15歳で家を追い出され、遠い親戚を頼って門番の仕事に就けたのだった。
「お前がヴァルベルトか。ついて来い。」
ある日の夜勤明け、欠伸をしながら宿舎へ戻ろうとした時にマント姿の男に声を掛けられた。誘われるまま男について行くと、教会の中に連れて行かれた。教会は好きじゃない。幼い頃に自分が紋章を持っていると分かり、両親はヴァルベルトを教会へ連れて行ったのだが、司祭から怯者の紋章だと告げられると両親は態度を一変した。卑怯者の紋章だと罵られ、それ以降は両親や兄弟から遠ざけられ、家の中では居ない者として扱われた。
「お前に紋章の使い方を教えてやる。」
教会には何人かのマント姿の男達と、黒い鎧兜を身に纏った騎士達がいた。一人の男が言うには、怯者の紋章は他の紋章の力を奪えるそうだ。バラモス派の信徒だと名乗る彼らについて行けば紋章の力を高めてくれると言う。胡散臭いが門番よりはマシな生活が出来そうだとヴァルベルトは思った。
男達に連れて行かれたのは帝国の北西、ハルザンド王国との国境付近だった。立派な装備を着込んだ青年を見つけると黒い騎士達はその青年に襲い掛かった。青年は複数の敵を前にしても怯まなかった。ヴァルベルトは事前に指示されていた通り、「助けてくれ」と叫びながら青年に走り寄った。青年はヴァルベルトを守るように自分の後ろへと隠し剣を構え直した...その直後、ヴァルベルトは紋章を光らせながら右腕を青年の背中に突き刺した。何かモヤのような物が自分の体に取り込まれたが、遠くから駆けてくる多くのハルザンド兵が見えたので、急いでその場を後にした。
青年から奪ったのは剛者の紋章だった。剛者の力を使えば誰にも剣技では負けず、むしろ手加減するのに苦労した。ヴァルベルトはその力を使って帝国の武闘会で優勝し、帝国正規軍に隊長格として採用された。それからは戦功を積み上げて昇進し、正規軍の編成に口を出せる様になると、自分直下の黒い騎兵隊を設立した。その後も皇帝の信任を得る為に戦果を上げ続け、並行して帝都内の要職にバラモス派の信徒を据えていった。
革命は簡単に成功した。宮殿を警護する近衛騎士団が遠征訓練をしている隙に皇帝と官僚らを拘束し、抵抗を見せた兵や民は黒い騎士達に全て片付けさせた。帝都を完全に掌握するまでに時間は掛かったが、バラモス評議会というマント姿の男達が殆どやってくれた。皇帝だった老人から王者の紋章も奪えた。2ヶ月後の皇帝への即位後、家族や過去の自分を知る者達がすり寄ってきたが、黒い騎士達に命じて秘密裏に消させた。ヴァルベルトのこれからの人生に彼らは必要なかった。
バラモス評議会の男達は帝国周辺の国々を攻めて先ずは智者と識者の力を奪えと言う。しかしヴァルベルトにすれば智者や識者よりも賢者や聖者の方が自身の力を高められると思えた。周辺国への侵攻は帝国正規軍に任せ、自分は居処がわかっている聖者を狙い、ジョルジア陥落後の混乱を突いてその力を奪った。しかし智者と識者のいる国を未だ落とせずにいた...それはヴァルベルトが参加しなかった所為なのだが、バラモス評議会に従わずにいた自分の判断は正しかったのだとヴァルベルトは思っていた。
「私のこの紋章は覇者の紋章に違いない。」
ヴァルベルトは自身の万能の力に酔いしれた。思い上がっていた。もはや自分を止められる者は誰もいないと思った。しかしここからヴァルベルトの転落が始まる。カーマインの反乱、ジョルジアからの撤退、特にジョルジアで戦った男は脅威だった。自分が絶対強者だと思っていたヴァルベルトは、恐怖を感じ、人との接触を避け、宮殿の奥に籠る様になった。その姿は、家族から疎遠にされ部屋に閉じ籠っていた幼い頃の姿だった。
最後は帝国へ攻め込んできた敵に追い詰められ、呆気なく討死した。
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