騎士爵家三男坊の立志伝 〜The wind blowing through the kingdom〜

裏庭ジジイ

第一部

第1話 幼馴染との再会

辺境の農村地帯を風が吹き抜け、実り始めた麦穂ばくすいを揺らしている。北の山脈から吹き下ろすこの風は、年によっては深刻な冷害をもたらすのであるが、幸いにも今年の風は穏やかで、このままであれば豊作が期待できるだろう。この一帯はアルムンド騎士爵が治めていて、それほど広くはない。30〜50人程の小さな村が幾つかと、低い丘が幾つかと、その丘の間を縫うように流れる小川があるだけだ。周囲を森林に囲まれており、その森を抜けて東西をつなぐ街道はあるものの、辺境ゆえに人影を見かける事は少ない。


農村地帯の中にあるやや高い丘の中腹に一人の青年が腰を下ろしていた。青年の名はジーク。アルムンド騎士爵家の三男坊で、近隣一帯の寄親よりおやであるナボレス伯爵の騎士団に所属する兵士であるが、入団後初めての長期休暇を得て、実家へと戻る途中だった。懐かしい故郷の風景を眺めようと思い、街道から少し外れたこの丘に立ち寄っていた。丘から見下ろす風景は、13歳だった2年前に騎士団へ志願した頃から何も変わっていない。その事がジークには嬉しかった。


「そろそろ行くか。」


事前に手紙で知らせているので家族が自分の到着を待っている筈だ。あまり待たせては申し訳ない。ジークはかたわらに置いていた荷物を抱えると丘を降り始めた。


その途中、街道を東から走ってくる馬車が見えた。その後ろを5騎の騎馬兵が追いかけている。馬車をる御者の肩に矢が突き立っているので、後続の騎馬兵に襲われているのだと分かる。しばらくして御者が意識を失ったようで、そのまま御者台から落ちてしまった。制御を失った馬車は徐々に速度を落とし、道を外れて止まった。ジークは荷物を放り投げて馬車に駆け寄った。


馬車の近くに辿り着き何事があったのかと声を掛けようとしところでジークに向けて矢が飛んできた。問答無用で矢を射掛けてくるとは...矢を避けながら反射的に矢が放たれた方向へナイフを投げる。騎馬兵は剣が4に弓が1。ジークが投じたナイフに驚いて弓兵が落馬したのを確認してから、残る4騎に向かって駆け出した。彼我ひがの距離が近くなったところで先頭を走る騎馬兵が長剣を振り下ろしてきたので、ジークはそれを剣で軽く弾き、同時に相手を引きり落として、相手の馬に飛び乗った。残りの騎馬兵は急減速してジークを囲むようにゆっくりと散開し、いつでも襲いかかれる距離で対峙した。


騎馬兵は黒塗りの鎧兜よろいかぶとまとい、手に持つ上綱じょうこうの剣も立派なもので、一目で騎士クラスの装備だと分かる。しかしこの近辺では見た事がない。どこの兵か...と考えながらもジークが次々と襲いかかってくる剣撃を防いでいると、遠くから走ってくる集団があった。手にくわすきなど持った農民達だ。騒ぎを聞きつけたのだろう。騎乗の父と長兄の姿もある。その様子を見て騎馬兵達は状況が悪化した事を悟ったのか、落馬した2名を拾い上げて東へと走り去って行った。


騎馬兵達が遠くへ去ったのを確認してからジークは父と長兄に手を挙げニコリと笑った。長兄はジークの姿を見て驚いたようだが、直ぐに笑顔で隣に馬を寄せ、元気だったかと言いながらジークの肩を叩いた。父も長兄に続いてそばまで来て、優しい笑顔をむけた。そうやって3人が久しぶりの再会を喜んでいると、ふいに馬車の方から若い女性の声がした。


「もしかしてジーク? あぁ、会えて良かった。」


声の方を見ると、幼馴染のシンシアと、昔から彼女に付き従っているメイドが馬車のそばに立っていた。2人とも怪我などは無さそうだ。シンシアは隣領りんりょうを治めるベントリー男爵の次女で、ジークと同じ歳、幼い頃は何度も顔を合わせている。一時期はジークとシンシアの婚約話も出たのだが、騎士爵の三男坊であるジークでは領地を引き継げず、将来に不安があるという周囲の言を受け、立ち消えになってしまった過去がある。その後、ジークがナボレス伯領へと移り、それ以降は会う事もなかった。


「久しぶり、無事で良かった」


ジークは馬を降り、幼馴染へと向かって歩き始める。その姿を真っ直ぐに見つめるシンシアは以前とは違って大人の雰囲気をまといつつある。しかし彼女の眼からは涙が溢れ、表情からは深い憂いと悲しみが感じられた。それが騎馬兵に襲われた事によるのか、あるいは別の理由があるのか。父と長兄は何らか察しているようで、気まずそうな表情をしている。


麦畑に吹く風がジークの横を通り過ぎて行く。汗ばんだ首筋がヒヤリとした。

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