騎士爵家三男坊の立志伝 〜The wind blowing through the kingdom〜

裏庭ジジイ

第一部 ジョルジア王国物語1

第1話 幼馴染との再会

辺境の農村地帯を風が吹き抜け、実り始めた麦穂を揺らしている。北の山脈から吹き下ろすこの風は、年によっては深刻な冷害をもたらすのであるが、幸いにも今年の風は穏やかで、このままであれば豊作が期待できるだろう。この一帯はアルムンド騎士爵であるジャンバルクが治めていて、それほど広くはない。30〜50人程の小さな村が幾つかと、低い丘が幾つかと、その丘の間を縫うように流れる小川があるだけだ。周囲を森林に囲まれて、その森林を抜けて東西をつなぐ街道はあるものの、辺境ゆえに人影を見かける事は少ない。


小川の両岸にある僅かな平地と丘の斜面の多くは麦畑で、その他に根菜類や豆類の畑もある。領民は決して裕福ではないが、食べていけるだけの農作物を収穫し、余剰分を近隣の都市に卸して対価として鉄器や調味料を得る事が出来た。周囲の森林からは木材を、また鳥獣を狩って肉や毛皮を得る事も出来る。ジャンバルクが騎士爵となって開拓民達と共にこの地に来たのは20年前。初期の開拓は困難を極め、どうにか独り立ちできたのは5年前の事だった。


農村地帯の中にあるやや高い丘の中腹に一人の青年が腰を下ろしていた。青年の名はジーク。アルムンド騎士爵家の三男坊で、近隣一帯の寄親であるナボレス伯爵の騎士団に所属する兵士であるが、入団後初めての長期休暇を得て、実家へと戻る途中だった。懐かしい故郷の風景を眺めようと思い、街道から少し外れたこの丘に立ち寄っていた。


・・・この丘から見下ろす風景は13歳だった2年前に騎士団へ志願した頃から何も変わっていないな。たった2年なのに懐かしく感じる。あの頃は兄さん達と新しい畑の開墾を頑張っていたっけ。この休暇中に何か手伝える事はあるだろうか。・・・


「そろそろ行くか。」


事前に手紙で知らせているので家族が自分の到着を待っている筈だ。あまり待たせては申し訳ない。ジークは傍に置いていた荷物を抱えると丘を降り始めた。


・・・あれは?・・・


丘を降る途中、街道を東から走ってくる馬車が見えた。その後ろを5騎の騎馬兵が追いかけている。馬車を駆る御者の肩に矢が突き立っているので、後続の騎馬兵に襲われているのだと分かる。暫くして御者が意識を失ったようで、そのまま御者台から落ちてしまった。制御を失った馬車は徐々に速度を落とし、道を外れて止まった。ジークは荷物を放り投げて馬車に駆け寄った。


ヒュン


馬車の近くに辿り着き何事があったのかと声を掛けようとしところでジークに向けて矢が飛んできた。


・・・問答無用で矢を射掛けてくるとは・・・


ジークは矢を避けながら反射的に矢が放たれた方向へ腰に挿していたナイフを投げた。騎馬兵は剣が4に弓が1。ジークが投じたナイフに驚いて弓兵が落馬したのを確認してから、残る4騎に向かって駆け出した。彼我の距離が近くなったところで先頭を走る騎馬兵が長剣を振り下ろしたので、ジークはそれを剣で弾き、同時に相手の足を掴んで引き摺り落としてから手刀で気絶させ、その相手の馬に飛び乗った。残りの騎馬兵は急減速してジークを囲むようにゆっくりと散開し、いつでも襲いかかれる距離で対峙した。


「ここはアルムンド騎士爵の領地だ。騎士爵の許可なく武装する事は禁じられている。疾く武装を解除せよ。さもなくば賊と見做して討伐する。」


騎馬兵は黒塗りの鎧兜を纏い、手に持つ上綱の剣も立派なもので、一目で騎士クラスの装備だと分かる。しかし黒塗りの鎧兜や意匠をこの近辺では見た事がない。その騎馬兵がジークの言葉を無視して襲いかかってきた。


・・・どこの兵か・・・


そう考えながらジークは次々と襲いかかってくる剣撃を防いでいた。相手が繰り出す剣撃をいなしながらも何度か反撃したが、手元にあるのは安価で質の悪い小型剣だけで、相手に軽い傷を負わせるのが精一杯だった。このまま撃ち合い続ければ剣が保たない。


すると、遠くから走ってくる集団があった。手に鍬や鋤など持った農民達だ。騒ぎを聞きつけたのだろう。騎乗の父ジャンバルクと長兄ジルバの姿もある。戦っているジークの姿を見つけたのか、父と長兄は馬を走らせて急接近してきた。その様子を見て騎馬兵達は状況が悪化した事を悟ったのか、ジークとは距離を取り、落馬した2名を拾い上げて東へと走り去って行った。騎馬兵達が遠くへ去ったのを確認してからジークは父と長兄に手を挙げニコリと笑った。


「助かりました。そろそろ剣が折れそうでした。」


「無事で何よりだ。間に合って良かった。ところで奴等は何者だ。」


「分かりません。ナボレス領でも見かけない鎧でした。」


長兄は2年の間に逞しく成長したジークの姿を見て驚いたようだが、直ぐに笑顔で隣に馬を寄せ、元気だったかと言いながらジークの肩を叩いた。父も長兄に続いて馬を寄せ、優しい笑顔をむけた。そうやって3人が久しぶりの再会を喜んでいると、ふいに馬車の方から若い女性の声がした。


「もしかしてジーク? ジークなのね。あぁ、貴方に会えて良かった。」


声の方を見ると、幼馴染のシンシアと、昔から彼女に付き従っているメイドが馬車のそばに立っていた。2人とも怪我などは無さそうだ。シンシアは隣領を治めるベントリー男爵の次女で、ジークと同じ歳、幼い頃は学校や茶会で何度も顔を合わせている。一時期はジークとシンシアの婚約話も出たのだが、騎士爵の三男坊であるジークでは領地を引き継げず、将来に不安があるという周囲の意見を受け、立ち消えになってしまった過去がある。その後、ジークがナボレス伯領へと移り、それ以降は会う事もなかった。


「久しぶり。馬車に乗っていたのはシンシアだったのか。無事で良かった」


・・・どうしてシンシアが襲われたのか? ベントリー領で何かあったのは間違いないだろうが、男爵令嬢が騎士に襲われるなど尋常な事態ではない。町娘風の服装にも違和感がある。何処かから密かに逃げてきたという事だろうか。・・・


ジークは馬を降り、久しぶりに会った幼馴染へと向かって歩き始める。その姿を真っ直ぐに見つめるシンシアは以前とは違って大人の雰囲気を纏いつつある。しかし彼女の眼からは涙が溢れ、表情からは深い憂いと悲しみが感じられた。それが騎馬兵に襲われた事によるのか、あるいは別の理由があるのか。父と長兄は何らか察しているようで、気まずそうな表情をしている。


「シンシア嬢、それにジークも、再会を喜ぶのは後にして一先ず屋敷へ向かおう。」


父に促されて一行はアルムンドの屋敷へと向かった。気が付けば陽が随分と傾いている。麦畑に吹く風がジークの横を通り過ぎ、汗ばんだ首筋がヒヤリとした。

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