第69話 名門貴族への査察

英雄王を騙るゴードンはマチルダの手引きで国軍の包囲を逃れ、ジョルジアの南東の街へと向かっていた。それにしても反乱軍の前に現れた2人の女は恐ろしかった。自分を英雄王だと信じていた筈の民衆が簡単に降ってしまった。自分と同じく紋章を持っていたが、自分にはあの女達の様な戦闘力はない。しかも本物の英雄王はあの女達より強いと言っていた。そんな人間が本当に存在するなら、反乱など成功する筈はなかった。


「ゴードン様、お急ぎ下さい。もう直ぐヤンキリング領です。」


「あぁ、分かった。えっ、なぜ俺の名前を知っているんだ。」


「以前から知ってましたよ。お貴族様からそう呼ばれていました。」


「そっ、そうか。それでもお前は助けてくれるのだな。」


ゴードンのその言葉にマチルダは応えず、ゴードンの手を引いて先を急いだ。


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ヤンキリング侯爵は焦っていた。反乱の終息があまりに早い。気に食わない周辺の新興貴族を駆逐できたのは良かったが、キリの良いところで王家と反乱軍の仲介を申し出て自家の評価を上げようと考えていたが、仲介する間もなく、反乱軍は国軍に降参してしまった。しかも反乱軍が占領した地域には自領の一部が含まれ、その領地が今は国軍の管理下にある。このまま王家に取り上げられてしまうと大損だった。


ヤンキリング侯爵の元には今回の企みに賛同した貴族家当主が兵を引き連れて集まっていた。本来は王家の許可なしに複数の貴族家が兵を引き連れて集まる事は禁じられているが、この軍を使って反乱軍の後方から圧力を掛けた上で、仲介・停戦へと持っていくつもりだった。上手くすれば貴族家の武力上限や軍事行動制限の解除ないしは緩和を得られるのではないかと考えていたが、反乱の終焉によってその企みは潰えた。


更にヤンキリング侯爵を焦らせたのは、ゴードンが副官と共にヤンキリング侯爵の屋敷に逃げ込んできた事だった。ゴードンが国軍に捕縛されれば尋問で何を言い出すか、自分達との関係を白状してしまう恐れもある。当面はゴードンを匿うしかない。事態が収まった頃に人知れず始末しようとヤンキリング侯爵は算段をつけた。


ゴードンの副官のマチルダは、本名をフレミアと言い、没落したヨミナス家の長女で、困窮した家を助けて欲しいとヤンキリングを頼ってきた。それで援助と引き換えに暫くは愛妾としていたが、反乱が始まると王家へ仕返ししたいと言い出したので、ゴードンに下げ渡していた。フレミアも多くを知りすぎている。暫く楽しんだ後にゴードンと一緒に始末すれば良いだろう、そうヤンキリング侯爵は考えていた。


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ヤンキリング侯爵がそんな事を考えた直後だった。マリリア王女が査察と称してヤンキリングの屋敷を訪ねてきた。マリリア王女には少数の護衛が従っているだけだが、領境付近の反乱軍が占領していた地域には国軍が控え、いつでもヤンキリング領に攻め込める体制で待機しているという。タイミングが悪すぎるとヤンキリング侯爵は思ったが、マリリア王女を門前払いする訳にもいかず、彼女を屋敷の応接室に招き入れた。


「マリリア殿下はご婚約されたそうで、誠におめでとう御座います。ところで殿下、急な査察とはどういう事でしょうか?」


「こちらには父王に命じられて参りました。なんでも今回の反乱の一因がこの領での無理な増税であったとか。査察は直ぐに終わると思いますから、ご協力をお願い致します。」


「領境に国軍が構えているそうで、これではまるで脅迫ではありませんか。」


「ですが女一人では危険でしょう。侯爵も兵を揃えている様ですし。あぁ、今回の査察には兵を集めた件は含まれませんのでその点は安心して下さい。無事に査察が終われば国軍を引揚させますよ。」


マリリアはニコリと笑った後、査察に必要な資料を持ってくるよう促した。

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