第114話 アゼルヴェード

王宮を囲む城壁での激しい戦闘音は王宮中庭にいるアゼルヴェードにも聞こえている。しかしアゼルヴェードは気にせず、中庭に置かれた大きな扉に向かって異界の呪文を唱えていた。アゼルヴェードの後ろには何人かの黒衣の闇森人ダークエルフひざまずいていた。扉は既に開かれている。その開かれた扉の中からは白い光が漏れ出ていた。アゼルヴェードは尚も扉に向かって唱え続けた。


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城壁を打ち破って中に突入したジュード達は、王宮入口前の広場に陣取った複数の獣人兵と向かい合っていた。前に並ぶ獣人兵は大楯を構えている。ジュード達が投げる槍を警戒しているのだろう。その背後には一際大きな獣人兵が2体、それぞれイェリアナとシルリラの神装具を持ち、胸には精霊石を嵌め込んだネックレスがある。一瞬、イェリアナとシルリラが出て来たのかとジュードは思ったが、見た目は全くの別人だった。


「後ろのデカい2体は普通じゃないな。神気を感じるあの精霊石には神が封じ込まれてるのだろう。おそらくあれが最後の精霊石だ。持っている得物はジュードが言っていた人の手で作られた神装具というやつだろうが、紋章なしでも使えるのか?」


「奴等が神装具を使えるかどうかは俺には分からん。立ち塞がるのであれば倒すまでだ。」


「いや、ここは我等に譲ってもらう。我等を相手にあの程度の数で勝てる筈はない。それでも待ち構えていたのであれば、あいつらの目的は足止めだろう。それなら足止めしたい理由があるのかも知れん。ジュードは先を急げ。我等がその為の隙を作る。」


そういうと北の神々は獣人兵の集団へと突っ込んでいった。激しい音を立てて前列に並べられた大楯にぶつかる。その衝撃で獣人兵の一角が崩れた。神々は更に押し込んで崩れた箇所を拡げる。


「行け、ジュード。アゼルヴェードは強い。油断するな。」


テラスゴのその言葉に反応したジュードは一気に加速して獣人兵の集団を通り抜けた。前列の獣人兵だけでなく、後方に構えていた大型の獣人兵でさえその速度に反応できず、通り過ぎるジュードを目で追うのがやっとだった。


「お前達の相手は我等だ。余所見している暇はないぞ。」


そう言うと神々は再び獣人兵へと襲いかかった。


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王宮の中にも僅かに闇森人ダークエルフはいたが、いずれも部屋や通路で倒れ、ジュードに襲い掛かる者はいなかった。ジュードは闇森人ダークエルフを無視してアゼルヴェードを探し続け、中庭を囲む回廊に出たが、そこで奇異な光景を目にした。中庭の中央には大きな扉、その前に長身で立派な体躯たいくの金髪の男、その男の後ろに黒衣姿の闇森人ダークエルフが何人か倒れている。大きな扉は外側に向かって開かれ、内側から白い光を発しているが、その扉の裏側には何もない。光は徐々に強くなっている。何かが起ころうとしているのは明らかだった。ジュードは男に向かって歩き出した。


「お前がアゼルヴェードか。」


その言葉で男が振り向き、ジュードをさげすむ様な目で見る。


「ふん、今頃になって小鼠が邪魔しに来たか。だがもう遅い。扉は開かれた。この世界は我が神に捧げられるのだ。さすれば我は新たな神の1柱として迎え入れられるだろう。」


「そんな事はさせん。」


ジュードは光の剣で斬り掛かる。しかしアゼルヴェードはジュードの速さと膂力をものともせず剣を弾き、続けざまにジュードを蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたジュードは直ぐに体勢を持ち直してアゼルヴェードを睨む。アゼルヴェードの手には禍々まがまがしい気を発する黒剣が握られていた。再びジュードは斬り掛かる。アゼルヴェードはそれを黒剣で受け、またジュードを蹴り飛ばそうとしたが、ジュードは後ろに飛び退いてかわした。


ジュードとアゼルヴェードが対峙している間にも扉が発する光は強くなり、その光は徐々に周囲を包み込んでいった。中庭を彩っていた草花が、据えられていた椅子やテーブルが、扉の近くに倒れていた闇森人ダークエルフが、光に飲み込まれて消えていった。見えるのは、大きな扉と、アゼルヴェードと、そしてジュード自身だけだった。

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