第37話 紋章の精霊

「なんだよ、多勢で攻撃してくるって。正々堂々と一騎討ちしろよ。」


ジークの一撃を受けて崩れゆく大きな影の後ろから淡く赤黒い光の玉が飛んできた。声はその光の玉から聞こえてくる様だった。イェルガが、次いでジークがその玉に斬りつけたが、剣は光の玉を素通りした。カインの放った炎の魔術も光の玉を通り抜けた。ジークは光の盾で玉を弾こうとしたが、これも素通りした。いずれの攻撃も通らない。何度やっても同じだった。


「無理だよ無理、僕は下界での実体がないからねぇ。」


戦場に似つかわしくない軽い口調で話しながら光の玉はフラフラと飛び続ける。そのままシンシアを取り囲む先鋭部隊の所まで飛び、その光の玉を捕まえようと先鋭部隊の隊員が腕を伸ばすが、やはり素通りしてしまう。光の玉は隊員達を揶揄う様に隊員の近くをフラフラ。そのままシンシアの前をゆっくり飛んでいた時、急にシンシアが両手を伸ばして光の玉はをがっしと掴んだ。


「えっ、なんで?」


誰も触れられなかった光の玉をシンシアが捕まえた事に驚き、周囲は一瞬硬直した。光の玉の声の主も驚いた様だった。しかしシンシアはそんな周囲の状況を気にせず、光の玉を掴んだまま聖者の祈りを始めた。シンシアとその周囲が光り出す。


「ギャアァァ...グギャアァァァァ。」


シンシアの祈りが始まると光の玉が苦しみだした。逃げ出そうとするが逃げ出せない。すると光の玉の赤黒さは薄れ、徐々にシンシアが発する周囲の光に同化していった。光の玉は尚も苦しそうにもがいていたが、その色がシンシアの光と完全に同化する頃には大人しくなっていた。そうして暫く後に光が収まってくると、シンシアの手には変わった姿の動物がいた。形はネコ?の様だが、その背には蝙蝠の様な黒い羽があった。シンシア自身もこの動物には驚き、思わず手を離してしまった。ネコ型の動物はシンシアの手を離れて暫く周囲をパタパタと飛び回り、その後にジーク達の前に来て、空中に浮かんだ。


「あ〜あ〜、初めまして、いや違うか、お久しぶりかな。言っとくけど、僕はネコじゃないよ、見たら分かると思うけど。」


そう言いつつ空中で毛繕いしている姿はネコそのものだが...。このネコによると、自分はヴァルベルトと同化していた怯者の精霊で、本来ならヴァルベルトの死後に神界へ戻って次の同化先を待つ筈だったが、ヴァルベルトと同化する前に魔神に取り込まれて魔に染まってしまい、神界に戻れなかったそうだ。それが聖者の祈りで浄化され元の姿に戻ったと。どこまで本当の話か確かめる事は出来ないが、存在するものは存在するとして扱うしかない。ネコの話の真偽はともかく、気になる事をジーク達はネコに聞いた。魔人や魔獣のこと、大きく黒い影のこと、紋章の精霊のこと、そして魔神とは何なのかと。ネコは何でも気軽に答えてくれた。


「呼び名がないのは不便だから、君の事はミケと呼ぼう。」


ミケネコだからミケ。ジークは見た目でミケと決めたのだが、ミケはその事を知らずに新しい名を喜び、僕はミケだ僕はミケだと連呼しながら周囲を飛び回った。


気がつくとジーク達の周りに集まってきていた先鋭部隊やライドル国軍の兵士達が目を丸くしていた。どうも浄化された後のミケの姿は紋章を持つ者にしか見えないらしく、何もない空中に向けて話しかけているジーク達を訝しんでいたらしい。ジークは何をどこまで話して良いのか即座に判断できず、兵士達には笑って誤魔化した。

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