ジョルジア王国の西方、アルムヘイグ王国でも魔獣の被害が発生していた。アルムヘイグは軍を投入して被害の最小化を図っていたが、ジョルジアと同様、被害を完全に防ぐ事が出来ずにいた。魔獣に対する軍の中には、聖者カインと彼が指揮する聖騎士隊の姿もあった。

この日、カインはアルムヘイグ北方の街に襲いかかる魔獣の群れを防いでいた。カインが迫る魔獣に炎の魔術を幾つか落として数を減らし、大楯を持って横並びした兵士達が残りの魔獣の突進を受け止め、残りの兵士が長槍を突き刺して仕留める。魔獣は兵であれ民であれ生きている者がいれば向かってくるので、索敵で魔獣を早期発見できれば難しくはない。この繰り返しで最近は街や村への魔獣の被害を減らす事が出来ているが、しかし盾役の兵士の損耗は少なくなかった。カインも連日の魔術の行使で疲労していた。

魔獣の動きを見ていれば次の襲撃場所が大凡予想できる事に気が付いていた。それも魔獣被害を減らせている理由だった。魔獣襲撃は複数箇所で同時発生する訳ではなく、一箇所ずつ、１〜３日おきに場所を移動しながら発生している。また一度発生した場所で直ぐに次の魔獣襲撃が起きる事はない。そこまで分かれば、魔獣襲撃が発生した場所の周辺で狙われそうな次の街や村を予想し、部隊を待機させておけば良い。時折は複数同時の襲撃もあるが、その襲撃は国境付近で、おそらくは他国で魔獣襲撃を起こしていた原因がアルムヘイグに入り込んだ為だと考えられた。

「そろそろ原因の方をどうにかしたい。」

カインは次の魔獣襲撃が予想される街に部隊を配するのに合わせ、魔獣の群れが生じるであろう森林や山間部などに偵察兵を配した。魔獣襲撃が人為的なものであるならば、その現場を押さえるか、押さえるのが無理でも何らかの手掛かりを得られるかも知れない。

何度かの魔獣襲撃を経て、偵察兵はとうとう魔獣の群が発生したと思われる場所から立ち去る数名のマント姿の男達を発見した。偵察兵は密かに尾行を続け、連絡を受けたカインは聖騎士隊と共にマント姿の男達が通るであろう森の出入口に潜んで待ち構えた。そして翌日の夜、マント姿の男達が一列になって森から出てきたところで聖騎士隊が一斉に立ち上がった。

「囲め、一人も逃すな。」

聖騎士隊の隊長が叫ぶと聖騎士達はマント姿の男達を囲み、その輪を徐々に狭めていった。森からは偵察兵も出てきて退路を塞いだ。月明かりに照らされたマント姿の男達の表情を窺い知る事は出来なかったが、慌てた様子はない。男達はゆっくりと密集し、そして徐に包囲の一方へと襲いかかる。それを見て聖騎士達も一斉に斬り掛かり、乱戦となった。マント姿の男達は武器を持っていないが、その膂力は常人のそれとは違い、聖騎士の何人かを弾き飛ばした。しかし聖騎士達は怯まず、次々に男達へ剣を突き立てた。一人の男が包囲を突破して逃げ去ろうとしたが、カインが土の魔術で作った壁に行手を阻まれ、追ってきた聖騎士に後ろから切り捨てられた。

戦闘が終わり、マント姿の男達が全て打ち倒された後、カインや聖騎士達は男達を見て驚かされた。マントに隠された姿は黒い肌に赤い目、人型の魔獣と言える何かだった。魔獣と同じ強靭さを持ち、魔獣と異なり考えて行動する。しかもおそらくは魔獣の群れを発生させる事が出来る。この大陸の人々にとっての新たな脅威だった。