第129話 ゲイルズ沖での海戦
以前の南の大陸には海軍など無く、あるのは各国の港湾警備隊だけで、保有する船も小型のものだけだった。だが20年前に北から侵攻を受けた反省から、連邦は海軍の設立を急いだ。とは言え、海軍としてどうにか形になったのは5年前程で、ハルザンドに海軍専用の軍港を持つだけだった。保有艦船は少なく、また明確な敵国がいない為に海上戦闘の経験もない。やっている事と言えば軍事物資の輸送だけだった。
その海軍に出撃命令が出た。敵船は大陸東部を北に向けて航行中だと言う。海軍の司令官は直ぐに動かせる全艦艇に出撃を命じた。旗艦である1隻の大型船と攻撃の中心である5隻の中型船がゲイルズ沖へと向かっていった。
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クリス達が乗る船が連邦海軍を発見したのはゲイルズ沖を出てから2日後だった。かなりの距離はあるが、海軍側も気付いているだろう。大型船の甲板に立つクリスの元へ神殿騎士団の副官が駆け寄ってきた。
「未だ正確に数を測れていませんが、海軍の全戦力でしょう。こちらの倍の戦力を持っていると考えた方が良さそうです。真正面で戦えば負けます。この船は戦闘には参加せず、このまま北の大陸を目指して下さい。」
「すんなり通してくれるかしら。」
「無理でしょうね。ですから私が中型船を率いて敵を混乱させるつもりです。」
「なっ、何を言ってるの。危険だわ。やるならこの船も参加させましょう。」
「団長...いや、クリスよ。冷静に考えろ。私達がやるべきは、この船を無事に北へ送る事だ。それを最小の被害で成すには、中型船で妨害するしかない。」
「でも叔父さんがやる必要はない筈よ。それに叔父さんがいないと私は...」
「お前は優れた軍人だ。もう私がいなくても立派にやっていけるだろう。行かせてくれ。海軍との戦闘については中型船の船員達と何度も話し合っているが、私が行かねば実行できない。なあに、敵を混乱させてからクリスの後を追うよ。」
「嘘よ。そんな簡単な話じゃないわ。」
「クリス、行かせてくれ。優秀なお前なら理解している筈だ。」
「そんな...」
尚も
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クリスの叔父が率いる2隻の中型船は連邦海軍に向けて進んだ。この時代の海上での戦闘は、先ずは矢を射掛けて敵戦力を削ぎ、その後に敵艦に接舷して乗り込み、船上での剣や槍での戦闘となる。相手の船を沈める場合は火矢や火の魔術を使う事もある。
クリスの叔父が指揮する2隻の中型船は人や荷を降ろしているので軽く、また年嵩だが熟練船員による巧みな操船で、クリスが乗る大型船を置いて先を進む。大型船とかなり距離が開いた頃、横一列に並びながら近付く5隻の連邦海軍の中型船が行手を塞ぐが、クリスの叔父は連邦の中型船の手前で急に舵を切り、左へと進んだ。もう1隻の中型船がその後に続く。それを見て連邦海軍は右に舵を切って並走しようとするが、叔父の船の速さに追い付けず、徐々に離されていった。
「よし。今度は右折して敵の先頭を抑えろ。火矢の使用を許可する。」
右折して連邦海軍の先頭にいる中型船に側面を晒す格好だが、前後に並ぶ叔父側の2隻の中型船から放たれる火矢が連邦海軍の先頭に集中し、船上で小規模な火災が発生すると、先頭の中型船は消火のために離脱していった。後続の4隻が右折して叔父の船を追うが、叔父はその4隻を相手にせず、連邦海軍の大型船へと向かった。
「大型船に接舷しろ。乗り込むぞ。」
想定外の状況に連邦海軍は混乱しつつも大型船から多くの矢が射られる。その中を叔父が率いる2隻の中型船は進み、両側から大型船に接舷した。即座に叔父達が大型船に乗り込む。彼等は皆、大量の油を入れた壺を脇に抱え、大型船に乗り込むとその油を船上に撒き散らした。暫くするとその油に引火して船上は大きな炎に包まれていった。遅れて来た連邦の4隻が叔父の乗っていた中型船に近付くと、今度は叔父が乗っていた中型船がいきなり炎上し、周囲の4隻までもが炎に煽られた。
クリスは炎上する連邦の船を横目に進路を北に向けさせると、唇を噛み締め、肩を震わせながら自室へと戻っていった。クリス達が乗る大型船を追う連邦海軍の船はなかった。
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