第57話 軍務卿・財務卿の処罰
軍務卿ガルフにとって王都騎士団による決闘裁判の一件は寝耳に水だった。そんな事を許可した覚えはない。決闘裁判の相手は無実の青年で、その青年は英雄王ジークの生まれ変わりだという。しかも決闘裁判の前には数日間にわたって拷問を加えていた。更には、王都騎士団の一部の騎士が王都内で発生していた行方不明事件の容疑者だと言う。
ガルフは武門の家系で、一族は長くこの職に就いてきた。ゲイルズカーマイン帝国の侵略は防げなかったが、復興した後の国防を担ってきたという自負がある。その立場を利用して予算や人事で王家に多少の譲歩をお願いした事はあるが、法に触れる様な事はしていない。今回の王国騎士団の行き過ぎた行為は見逃されないだろうが、減給と叱責程度で済むのではないか、そう考えていた。
しかしマルス王とマルグリット王太后の動きは早かった。決闘裁判の報告を聞いたその日に近衛兵が軍務卿の執務室に現れ、理由も述べずに拘束された。その後は4ヶ月以上もの期間、王宮で軟禁され、職権を停止され、定期的に宰相から近況を聞くだけの状態となった。王都騎士団に対する厳しい処罰も聞いた。そうして今、謁見室で王と王太后の前に立たされている。
「君の配下の騎士団がやらかした決闘裁判の後始末は聞いてるだろ。それとは別に軍用品の購入で多くの不正があったそうだ。軍の購買担当は財務卿の手先で、商会を通じてかなりの金額がそっちに流れてるぞ。あと、王都の行方不明者は奴隷として売られていた。」
言葉の軽さとは逆にマルス王は冷たい表情だった。こんな表情の王は見た事がない。よくよく考えれば当然だった。英雄王はマルス王やマルグリット王太后にとって父であり夫である。しかも英雄王の前では軍務卿など一般兵とさほど変わりはない。軍務卿など居なくても全兵士が英雄王に忠誠を誓うだろう。自分とて従う。子供の頃に見た英雄王の姿とそれを迎える民衆の熱狂は今でも憶えている。つまりガルフの一族をまとめて処罰しても王家は困らないのだ。減給や叱責で済む筈はなかった。
「さて軍務卿、どうケジメをつけようか?」
「罪を犯した者は必ず罰します。不正に取得された金銭は全て回収します。また、奴隷とされた全ての被害者を保護します。その後に一連の事件の責任をとって軍務卿を辞任します。」
「まあ及第点かな。あぁそれから、辺境へ追放された跳ねっ返りの外孫が居たよな。ガイと言ったか...彼はこっちで預かる。」
謁見の翌日、軍務卿ガルフは王都と王都の周辺にいる国軍の将校を集めて作戦を練った。軍用品購入の不正や行方不明事件への関与が疑われる人物とその罪状の情報はマルス王から渡されている。マルス王がどうやってこの情報を得たのか、この情報が正しいのかは考えない。考えるべきはどう逃さないかだけだった。
数日間の尾行や張込み調査により対象者の居所を特定し、対象者がいる複数の場所を一気に取り囲み、その場所にいる者を全て拘束した。証拠となり得る資料や財貨も同時に押収した。行方不明者の売買に関与した者も同様だった。拘束した者を尋問し、事件に関係ないと判断すれば解放したが、移動できる範囲は制限し、監視をつけた。証拠や金銭を隠蔽したと思える者には躊躇なく拷問を加えた。その上で全ての証拠や証言に齟齬があれば再び尋問した。一連の作戦で500名以上が拘束され、100名近くの犯罪が確認された。
不正による被害額や奴隷とされた被害者への賠償金には押収した財貨を充てたが、不足する金額は国庫から借り受け、犯罪者の強制労働の期間を延長して返済する事とした。財務卿とその近親者は財産没収の上で禁固刑や国外追放となった。
全ての作戦を終え、軍務卿は職を退いた。
ジュードは軍務卿や財務卿への処罰をマルス王とマルグリットから聞いた。更なる対応が必要か問われたが、マルス王が判断すべきと答えた。軍務卿による犯罪者の摘発がかなり強引であったため、混乱はまだ続いている。要職にいた者が多数逮捕され、政務の正常化には時間が掛かるだろう。市井でも大商会の幾つかが潰され、その余波を受けた中小の商会や流通業者が悲鳴をあげている。利に聡い商人が直ぐに穴を埋めるだろうが、多くの資金が市場から回収された為に経済活動が停滞する。何らかの施策で資金を市場に戻す必要がある。何れにせよこれは王とその側近が考える事だ。
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