第26話 帝都決戦

帝都を囲う城壁の前に陣取っていた近衛騎士団は、各地から戻ってきた帝国正規軍の敗残兵を吸収し、急激に肥大化した。しかしその規模を長期間賄えるだけの兵糧が帝都には無い。兵糧の集積地は既に侵攻軍に押さえられていた。帝国軍は籠城戦を諦め、平原での短期決戦を挑むしかなかった。ジークは初め、帝国軍に対して降伏を促した。ヴァルベルトとバラモス派の繋がりが疑われている以上、ヴァルベルトの皇帝としての正統性は揺らいでいる。そもそもヴァルベルトは革命により帝位を簒奪している。帝国軍がその皇帝に殉ずる必要はない筈だった。しかし帝国軍は決戦を選んだ。これは後日明らかになるが、帝国軍は帝都内の一般民を人質にされ、戦う以外の選択肢が無かった。


帝国軍の抵抗は半日で終結した。ジークの突進を防げる者はおらず、イェルシアとキキの巧みな用兵に惑わされ、密集すればカインの魔術の的にされた。強力な軍事力を誇った帝国軍にしては呆気ない最後だった。平原での決戦後、城門は内側から開かれた。ジークは侵攻軍に対して負傷兵の治療と城壁外での待機を命じ、指揮をイェルシアに委任した。そうしてジーク自身はカインとキキと先鋭部隊を伴い宮殿へと向かった。帝都内の治安維持と一般民への対応は神聖騎士団が担った。


宮殿に突入すると一般的な帝国兵は見掛けず、ジーク達に向かってくるのは黒騎兵...宮殿内なので騎乗していない、だけだった。彼等一人一人はジークが率いてきた先鋭部隊より精強だが、ジークを相手にするには数が少なかった。ジークは次々と敵兵を打ち破りながら進む。宮殿内は複雑で、途中で道に迷う事もあったが、逃げ遅れたと思しき文官を捕まえて道を聞き出し、更に奥へと進んでいった。そして宮殿の奥深くの広い部屋、おそらく謁見の間だと思われる場所でヴァルベルトと黒騎兵の一団を見つけた。


「ヴァルベルト、今度こそ決着をつけよう。」


ジークに向けたヴァルベルトの顔は引き攣っていた。ヴァルベルトの視点で言えば、ジーク一人だけなら力は拮抗している。しかしジョルジア戦で不思議な力を見せた少女...キキの事だが、が居るとどう転ぶか予測できない。しかも賢者の紋章を持つカインと何人かの兵達がジークと共に居た。黒騎兵でジーク以外を抑え込めたとして勝負は五分五分、もし抑え込めねばこちらが不利になる。忌々しいが今回は逃げるしかない。


ヴァルベルトは黒騎兵と共にジークと対峙しながら、少しずつ後ろにある逃走用の扉へと後退しようとした時、扉は外側から鍵が掛けられた。ヴァルベルトは慌てて扉を開けようとしたが無理だった。ヴァルベルトは気付かなかったが、黒騎兵の一団に紛れていたマント姿の男達はジーク達を見るなり奥の扉へと向かい、その後を半数ほどの黒騎士が追い、そして扉は閉められた。ジーク達は逃げた男達を視認していたが、無視していた。


「どうやら見捨てられた様だぜ。」


キキが煽る。ヴァルベルトが逃げるならもっと早くに、例えば宮殿にジーク達が突入した時点で行動した筈だ。しかし現実には、逃げ道が塞がれた部屋でジーク達と対峙せざるを得ない状況にある。ヴァルベルトの判断を誤らせ、この状況に追い込んだ者がいる。それはいち早く逃げたマント姿の男達かも知れないが今は確かめようがない。何れにせよ、この状況を企図した者にとってヴァルベルトを切り捨てる事は決定事項だったのだろう。


「こんな所で私は死なない! 私は覇者の筈だ。」


そう言ってからヴァルベルトは半ば狂った様に大剣を振り回し、周囲の器物を破壊していった。敵も味方も関係なかった。その大剣が繰り出す衝撃波はジーク達を襲ったが、ジークの光の盾に阻まれた。そうやって暫く暴れた後、ヴァルベルトは唸り声を上げながらジークへ斬り掛かろうとしたが、そのタイミングを狙っていたカインの炎の魔術に焼かれ、悶え苦しんでいる所をジークの一撃で両断された。即死だった。2つに分かれたヴァルベルトの体は床に転がり燃え続けた。残された黒騎兵は恭順の意を示し、これで帝都での決戦は終わりだった。しんとした静寂がジーク達のいる空間を包んでいた。


「面白かったけど最後は呆気なかったなぁ。」


宮殿を出ようと歩き始めたジークの耳にそう呟く幼児の声が微かに聞こえた。しかしその時のジークは幻聴だと思い、それ以上深くは考えなかった。

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