第72話 もう一人のマリリア

父に連れられて王都騎士団とジュードの決闘裁判の観客席にフレミアはいた。そして彼女も、他の多くの者達と同じ様に、光り輝くジュードの姿に心を奪われた。彼女が子供の頃から憧れた英雄王ジークの姿がそこにあった。その瞬間からジュードはフレミアにとって崇める対象となった。目の前で護衛が殺されても、その血が自分に降り注いでも、フレミアはジュードから目が離せなかった。


マルグリット王太后が下した処罰によってヨミナス家は伯爵から子爵へと降格され、三分の一ほどの領地が没収された。他家からは疎遠にされ、結婚間近だった幼馴染との婚約も解消された。それでも心の中にはいつもジュードがいたのでフレミアは落ち込んだりしなかった。ジュードに会いたい、フレデリカの罪を代わりに償いたいと願ったが、結局その願いは叶わなかった。


ヨミナス家が子爵へと降格されて以降、次第に屋敷の中の家財道具や母の宝石や衣装が消え、それでも足りず、いよいよ屋敷を手放そうかという話になった。その話を耳にしたフレミアは、かつて父と懇意にしてくれたヤンキリング侯爵を訪ね、ヨミナス家への支援を願い出た。侯爵は支援の条件として侯爵の愛妾になる事を求めた。愛妾となってからは、侯爵だけでなく、時には侯爵家を訪ねてくる見知らぬ男性にも抱かれた。それでもヨミナス家の為になるならばと思い、フレミアは耐えた。


半年ほど経ったある日、マリリア殿下とジュードの婚約を知った。その頃には侯爵は他の名門貴族と密談する時にもフレミアを横に侍らせていた。婚約の話を知ったのもそうした場だった。フレミアは、表情には出さなかったが、ジュードの名前を聞いて心がときめいた。自分が崇めるジュードの事を知れただけで嬉しかった。


ある日、侯爵とその協力者がゴードンという男を使って王家を追い落とそうと相談していた。瞬時にこれはチャンスだとフレミアは思った。王家を討つなら手伝わせて欲しいと侯爵に願い出ると、あっさりと認められた。それからはゴードンに従った。ゴードンは侯爵と同じで下衆な男だったが、侯爵よりは扱い易く、信頼を得て彼の副官になるのに時間は掛からなかった。副官になってある程度の自由を得ると、かつてフレデリカと共に会った事があるマリリア殿下に書簡を送った。その数日後にホドムという小柄な男が現れた。


ホドムを通じてマリリア殿下と頻繁にやり取りした。またホドムの指示に基づいて証拠集めにも協力した。時にはジュードからフレミアの身を案じる伝言があり、その時は心臓が破裂しそうなほど大きく鼓動した。ジュードが自分を気に掛けてくれる事が堪らなく嬉しかったし、自分がジュードの役に立っていると実感できた。その日はかつて決闘裁判で見たジュードを思い出しながら眠りについた。


マリリア殿下の指示通りにゴードンをヤンキリング伯爵の屋敷まで連れて行き、マリリア殿下が屋敷に来たのを確認してから、ゴードンをマリリア殿下の前に引き出した。その時に久しぶりにジュードの姿を目にした。決闘裁判から1年以上が経過していた。フレミアは涙が出そうになるのを必死に堪えた。ヤンキリング侯爵の配下が自分を殺そうとしたが、ジュードが守ってくれた。


反乱が終息し、王室から多額の報奨金を与えられ、没収されていたかつてのヨミナス家の領地も戻ってきた。これでヨミナス家は大丈夫だろう。そう思うと、急に欲が出てきた。もっとジュードの役に立ちたかった。それで考えた結果がマリリア殿下の侍女になる事だった。マリリア殿下を支える事で間接的にでもジュードに貢献できる。ジュードを見かける機会も増えるだろう。侍女になる事をマリリア殿下に相談すると直ぐに了承してくれた。


その時になってフレミアはようやく心の安息を得た。

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