第122話 南の新興勢力

南北の交易は依然として活発だが、北から南への物資輸送に偏りつつあった。北からの物資は南で不足しがちな鉱物資源や貴金属が主で、その物資輸送の南側の玄関口である旧ハルザンドは大きな利益を得ていた。帝国打倒後の旧ハルザンドは連邦政府によって直接統治されていたが、その実態は連邦に属する各国で利益配分する枠組みがあるのみで、実際の統治は旧ハルザンド各都市の有力者に委ねられていた。統治を任された彼等は目立たぬ様に利益を掠め取り、連邦政府の役人を買収して立場を確固たるものとしつつ、力を蓄えていった。


「そろそろ我等が得る利益も頭打ちだな。」


「なあに、港を抑えているあの獣を排除して商圏を完全に把握すれば利益は増える。」


「どう排除するかだな。」


「何か犯罪でもでっち上げて役人に取り締らせれば良いだろうよ。」


獣と呼ばれたのはかつてアゼルヴェードに体を造り替えられたゴルドルで、彼は北の大陸から派遣された取締官という立場で流通価格と出荷先を厳しく監視していた。そのゴルドルに対して殺人容疑がかけられた。ゴルドルが居を構える港付近で一般民の撲殺死体が発見され、その残状から、犯人は獣人兵の生き残りであるゴルドル以外に考えられないという訴えだった。もちろんこれは濡れ衣だが、連邦政府は即座に軍を投入し、問答無用でゴルドルを捕らえた。南北の争いを避けたかったゴルドルは従うしかなかった。


旧ハルザンドの新興勢力としてはゴルドルの代わりに扱い易い人物が来る事を期待していたのだろう。代わりが来れば、金を掴ませるなり、弱みを握るなりすれば良い。だがゴルドルの件を連邦政府から通知された北の族長達は、特にゴルドルの出身種族である巨人族の族長は猛反発し、連邦政府に対して事件の再調査とゴルドルの身柄引き渡しを要請した。合わせて北から南への出荷が無期限で停止された。連邦政府は北の要請を即座に拒否し、南北間の緊張は一気に高まっていった。


ーーーーーーーーーー


砂漠の鷹匠、ハルザンドの新興勢力の当主達は自分達をそう呼ばせていた。人も物も少ない砂漠地帯で僅かな生物を狩って生活する者、それになぞらえたのだろうが、彼らの実態は汚職役人であって、孤高な鷹匠とは似ても似つかない。その事は彼等自身も自覚している。


「出荷が停止されてしまうのは予想外。我等の稼ぎが減ってしまうな。」


「やり方が大雑把過ぎた。どうにか出荷を再開させねば。」


「我等には幾つか奥の手がある。いざとなれば連邦を唆して北の大陸を支配すれば良い。」


「それは急ぎ過ぎだ。古の神とやらに邪魔されれば痛手をこうむるのはこちらだ。」


「まあ蓄えはある。暫くは様子見だな。」


どこまで本気の話なのか、酒を飲みながら悠長に話し合っている当主達。その部屋に1人の若者が入って来た。最近になって連邦政府からハルザンドに派遣された文官で、元々は新興勢力の1つである家を若くして継いだが、金儲けには興味がないらしく、連邦政府の文官になった変わり者だった。当主達の悪巧みの事は承知しているが、それを見逃してくれる、そんな当主達にとって扱い易い文官だった。


「お楽しみのところ申し訳ありませんが1つご報告があります。地下牢からの脱獄がありました。それに乗じてあの少年が運び去られた様です。行き先はスーベニアだと考えられます。20名の神殿騎士がアルムヘイグのベントリー領へ行くと報告されていました。その他にも計100名程の神殿騎士がアルムヘイグに入っています。」


「あぁ、あのガキか。いなくなって何か問題があるのか。」


「大きな問題はないが、手元に置いておく方が安心だな。私兵を送ろう。500もいれば十分だろう。あちらがベントリー経由なら時間が掛かる。アルムヘイグ王都への街道を使えば先回りできるだろう。」


「そろそろ例の若者を使ってみてはどうだ。良い実戦経験になる。」


当主達が話し終わると若者は何も言わずに部屋を出て行った。

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