2-6

 夕食後、いつものようにお茶を飲みながらゆっくりと会話を楽しむ。

 これは彼らの習慣になっているようで、最初は自分がここにいていいのか戸惑っていたアメリアだったが、今ではすっかり慣れていた。

 こんなときは、ソフィアと女同士で話すことが多い。

「そう言えば、アメリアのドレスを作らせていたの。そろそろ仕上がるから、試着をしてもらわなくては」

 ふとソフィアがそんなことを言い出した。

「いえ、ドレスならばたくさんありますので」

 アメリアは慌ててそう言った。

 制服で済む研究員とは違い、アメリアは第四王子サルジュの婚約者として行くことになる。当然、歓迎パーティなども開かれる。

 ドレスで行かなければならないことは承知しているが、サルジュと婚約してから彼からだけではなく、ソフィアやマリーエからも、たくさんのドレスを贈ってもらった。そのドレスで充分だ。

 けれどソフィアはアメリアを諭すように言う。

「国内ならそれで大丈夫かもしれないけれど、ジャナキ王国はこちらと比べると気温が高いの。もっと薄い素材の生地で作らないといけないのよ」

 さらに他国を訪問するときには、その国の風習に合わせて、ドレスにも気を遣わなくてはならないと説明してくれた。肌の露出を好まない国や、足元を見せてはいけない国など、色々と気を付けなければならないことがあるようだ。

「わかりました。すみません、何も知らなくて……」

 ソフィアが用意してくれなかったら、間に合わなかっただろう。

「いいのよ。アメリアはまだ学生だもの。今はわたくしに任せておいて」

 そう言ってソフィアは、優しく微笑んだ。

 次期国王は王太子であるアレクシスだが、もし彼に何かあった場合、次の王太子はエストやユリウスではなく、実弟のサルジュになる。だからその妻となるアメリアも、本来ならば妃教育をする必要があった。

 それでもサルジュとアメリアは、国益となる植物学の研究を最優先としなければならない。だから今は、必要なときにソフィアがこうして教えてくれていた。

「それと、護衛騎士はカイドが務めるけれど、女性しか入れない場所もあるからね。リリアーネが侍女として同行することになったわ。だから安心してね」

 カイドはサルジュの護衛騎士だが、研究員のひとりとして赴く彼に、表立って護衛は付けられない。だからアメリアの護衛として同行する。そのカイドの婚約者であり、アメリアの本来の護衛騎士であるリリアーネが、侍女として一緒にいてくれるようだ。

「ありがとうございます。とても心強いです」

 カイドがいて、リリアーネも傍にいてくれる。外交のときはユリウスが一緒にいてくれるし、研究員としてマリーエも同行する。そして何よりもサルジュがいる。初めての国外で緊張していたが、何とかなりそうだ。

 ふとサルジュを見ると、彼は兄達三人に、絶対にひとりで行動するなと強く言い聞かせられていた。

「心配だな。俺も護衛として同行するしかないか」

 アレクシスのとんでもない言葉を、すかさずユリウスが否定した。

「やめてください、兄上。さすがにカイドが気の毒です。俺がついていますから、大丈夫です」

「ユリウスだって専門は治癒魔法じゃないか。まぁ、カイドがいるなら心配はいらないな」

 現在サルジュの護衛騎士であるカイドは学生時代、アレクシスの護衛だったらしい。昔はアレクシスに振り回され、今はサルジュに苦労しているのかと思うと少し同情する。でもそれはカイドがアレクシスに信頼され、腕もたしかである証拠だろう。アメリアも、彼が護衛騎士を務めてくれるなら危険はないだろうと安心していた。


 それからドレスの試着や礼儀作法の確認。一緒に行くユリウスとの打ち合わせなど、やらなくてはならないことはたくさんあった。息を付く暇もないほど忙しかったが、ソフィアやマリーエの協力もあり、何とかなった。

(明日はとうとう出発ね)

 アメリアは自分の部屋でそっと息を吐く。

 準備は完璧に整い、明日の朝、王城を出る。

 研究員はマリーエ、サルジュも含めて八人ほど。彼らもまた馬車で移動するが、あまり集団で行動すると警護の面で心配があるため、一日ほど遅れて出発するらしい。もちろんサルジュとマリーエは、アメリアやユリウスと一緒に出発することになっている。

 出発前にビーダイド国王陛下に対面し、出発の報告をする。研究員たちは明日出立するが、ここで一緒に挨拶をするようだ。

 アメリアはユリウスの隣で、静かに頭を下げていた。

 サルジュの父でもある国王陛下は威厳に満ちた王だが、たまに部屋の近くでアメリアに会うと、気さくに声をかけてくれた。公式の場では王であることを崩さないが、身内だけのときは、優しい父の顔をしている。

 今回参加する者は、事前に研究所で、他国を訪れる際の注意事項の説明を受けている。基本的に国外では緊急事態を除き、魔法の使用は禁じられていた。他国からの要請とこの国の許可があって初めて、使うことが許されるのだ。

 見送りにはソフィアも来てくれた。

「身体に気を付けてね。危ない場所には近寄らないように。リリアーネ、わたくしの義妹をよろしくね」

「はい、ソフィア様。承知しました」

 ソフィアの友人でもあるリリアーネは、そう答えて微笑んだ。

 用意された馬車には、アメリアとリリアーネ。そしてマリーエが乗り込む。

 サルジュはユリウスとカイドと一緒のようだ。

 ジャナキ王国に入るまではこうして移動し、国境近くで他の研究員が乗った馬車と合流する。そしてサルジュとマリーエは他の研究員と一緒に、アメリアはユリウスと王族専用の馬車に乗ることになっている。

「まだジャナキ王国までは遠いわ。それまでは、ゆっくりと過ごしましょう」

 マリーエにそう言われて、アメリアは頷く。

 サルジュと別の馬車になってしまったのは少し寂しいが、長距離の移動なので女性だけの方が気安いかもしれない。

 ビーダイド王国の南側には、ニイダ王国、ソリナ王国というふたつの国が並んでいる。それぞれビーダイド王国の半分の国土だが、それぞれの特色を生かして国を発展させていた。

 ニイダ王国は鉱山が多く、道が険しいこともあって、今回はソリナ王国を経由して向かうようだ。

 ソリナ王国は酪農が盛んな穏やかな気候の国である。馬車の窓から見える牧場の様子は目新しく、なかなか楽しい旅だった。途中でユリウスはソリナ王国の王都に寄り、国王と対面してきたようだ。どこにも寄る必要のないアメリア達は、ゆっくりと馬車を走らせ、後から来る研究員達、そしてユリウスと合流する。

 ジャナキ王国との国境近くで馬車を乗り換えて、ジャナキ王国に入る予定になっている。

 長い旅だったが、いよいよここからジャナキ王国である。

 アメリアは動きやすい服装から移動用のドレスに着替え、ユリウスと一緒に王家の馬車に乗り込んだ。リリアーネは侍女に扮して同行し、カイドは他の護衛と一緒に、馬車のすぐ近くにいるだろう。

「長い旅だったね。疲れただろう」

 そう気遣ってくれるユリウスに、首を振る。

「大丈夫です。昔から農地を歩き回っていたので、わたしは結構丈夫なんです」

 むしろ目新しい景色ばかりで、楽しい旅だったと告げると、ユリウスは頼もしいな、と笑みを浮かべた。

「王都についたら、さっそく歓迎パーティを開いてくれるそうだ。多分、あまり休む暇はないだろうから、今のうちにゆっくりとした方がいい」

「わかりました。ありがとうございます」

 長旅で訪れた国で、到着してすぐに歓迎パーティもなかなかハードだ。でも外交のために訪れたのだから、それも当然だ。

「研究員達は、一晩休んだあと、早朝から農地を案内してもらうそうだ」

「……それはちょっと、羨ましいですね」

 アメリアもサルジュのように研究員として参加していたら、異国の農地を思う存分見学することができたのにと思うと、残念だ。

 けれどアメリアがこの話を聞いたときには、もう使節団の選抜は終わっていた。

 それなのにサルジュがアメリアも連れて行きたいと言い、それでアメリアがクロエ王女の話し相手として選ばれたのだから、仕方がないことだ。

「すまないな」

 突然の謝罪に首を傾げると、ユリウスは少し気まずそうに言う。

「植物学の研究者を優先させるのなら、マリーエよりも君の方が先に名前を上がる。だがマリーエは王立魔法研究所の、副所長になる予定なんだ」

 所長はユリウスだが、彼は王族としての公務もある。

 だからそんなときは、特Aクラスに進学する実力があり、彼の婚約者であるマリーエが代行できるように、彼女を副所長に任命する。そんな話があることは、サルジュから聞いていた。

 マリーエはただの研究員ではなく、王立魔法研究所の副所長として今回の使節団に参加することになったのだろう。

「そうだったんですね。明日、マリーエは?」

「彼女はサルジュと一緒に副所長として農地見学に行く。俺達が王城に滞在している間は、マリーエの護衛ということで、カイドを向こうにやる。アメリアには、侍女としてリリアーネが付き添う予定だ」

「わかりました」

 アメリアはユリウスと一緒に歓迎パーティに参加しなければならない。

 ビーダイド王国でも、パーティには数えるほどしか参加したことがないのに、他国のパーティに王族の一員として参加することに、不安はあった。

 けれどユリウスだけではなく、リリアーネが傍にいてくれるのなら、きっと何とかなるだろう。

「ああ、休めと言いながら話をしてすまない。少し眠った方がいいよ。まだ王都に到着するまでは時間がある」

「はい。ありがとうございます」

 ユリウスが勧めてくれたように、アメリアは背もたれに寄りかかって、そっと目を閉じた。

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