3-32
今回の件を、カーロイドは公表するかどうか迷っていたようだ。
だが今の状況では、国や皇帝に対する不信や不満を集めない方がいいだろう。
アレクシスやアロイスにそう言われて、断念したようだ。
アメリアも、その方が良いと思った。
兵器を開発した闇魔法の魔導師も、それを命じた皇帝も、自らの国を砂漠化させる意図はなかったのだから。
それでも、これが本当に兵器として使われていたかと思うと、ぞっとする。
標的は、険しい山脈を挟んだ隣国のジャナキ王国だったかもしれない。
ジャナキ王国は昔から農業が盛んで、農作物の輸出も頻繁に行っていた。あの国が砂漠化してしまっていたら、この大陸の勢力図は大きく変わっていたことだろう。
問題が解決し、ビーダイド王国に帰ったアメリアとサルジュは、今度は収穫を迎えた各地からのデータが届き、それを分析するために忙しくなっていく。
収穫量は予想以上で、これなら何の問題もない。
農作物のデータを分析しているサルジュは、魔法の解析をしているときよりも楽しそうで、やはり彼の本分は植物学の方なのだろう。
今年の収穫が終わったあとは、成長促進魔法を肥料に付与するのではなく、植物の種に直接掛ける実験をしていた。
種に魔法を付与するのは、簡単そうに見えて、なかなか加減が難しいらしい。
けれど彼のことだから、いずれ成功するに違いない。
アメリアの方は、もう間近に迫った学園の卒業と結婚式の準備で、かなり忙しい日々を過ごしていた。
ウェディングドレスも仕上がり、そのあまりの美しさに見惚れたあと、本当にこれを自分が着るのかと、その場面を想像して赤くなったり青ざめたりして、マリーエに笑われた。
「似合うに決まっているじゃない。あなたのために仕立てられたドレスなのよ」
そう言うマリーエも、自分のときは派手すぎると言っていた気がする。
それを指摘すると、マリーエはそれを思い出したのか、くすくすと笑っていた。
ソフィアや王妃だけではなく、レニア領から母も王都を尋ねてきて、アメリアの相談に乗ってくれる。
その日が確実に近付いてきて、不安と期待で胸がいっぱいになる。
不安は、自分が王子妃としてふさわしい存在になれるかどうか。
けれどアメリアはひとりではない。
ソフィアとマリーエが先に立ってくれているし、後にはクロエも続いてくれる。
四人の王子たちが協力してこの国を支えているように、アメリアたちも四人で協力して、そんな彼らを支えていけばいい。
いつもよりも短く感じた冬が終わり、春が来る。
アメリアにとっては、サルジュと出会った、思い入れの深い季節である。
そうしてアメリアは、この春に王立魔法学園を卒業した。
もう学生として通うことはないが、それでも王立魔法研究所のひとりとして、これからもこの場所に通うことになるだろう。
従弟のソルと、婚約者のミィーナも三年生になった。
年齢はアメリアと同じだったが、本人の希望で一年生として入学したクロエも、同じく三年生となった。
彼女は去年の冬、正式に第二王子エストの婚約者であり、ジャナキ王国の王女であることが、ようやく正式に発表された。
本当はエストとクロエの婚約披露パーティを秋に執り行う予定であったが、ベルツ帝国の騒動があって少し延期されて、冬になってしまった。
ただの留学生だと思われていたクロエがジャナキ王国の王女で、しかもこの国の王族に嫁ぐのだと知って驚く者もいたが、もうあの学園には、身分で態度を変えるような生徒はいない。
(よかった。あの学園も、少しずつ変わっていたのね)
それを聞いて、アメリアも安堵した。
しかも他国との交流が盛んになったことで、他国の事情や王族に詳しい者もいて、クロエが王女であることに気が付いていたようだ。
それでも公式な発表がないので、公言すべきではないと悟ってくれたらしい。
公表後は、たくさんの祝いの言葉をもらったと、クロエが嬉しそうに語ってくれた。
この春に、エストも正式に学園長となった。
生徒たちとも積極的に関わって、その意見を聞き、良いと思ったことは取り入れているようだ。
これからも学園はますます良くなっていくだろう。
つらいこともたくさんあったけれど、最後には笑顔で卒業することができる。
アメリアは、最後に学園の中をひとりで歩いた。
サルジュと出会った、新入生歓迎パーティの会場。
ここで、初めて彼と踊った日のことを思い出す。
ダンスは好きだったけれど、婚約者のリースがダンス嫌いで、ほとんど踊ったことはなかった。
楽しかったと、思わず笑みが零れた。
これからも、サルジュと踊ることはあると思うが、あの日の思い出はいつまでも忘れないだろう。
(校舎の角で、ぶつかってしまったこともあったわ)
足をくじいてしまったアメリアを、抱き上げて運んでくれた。
(そのときに、ユリウス様とも出会って……)
自由に振舞うサルジュに、困り果てていたユリウスの姿を思い出す。
今はサルジュも、周囲を振り回すことはなくなった。ベルツ帝国の一件から、魔法に関しては、エストにもよく相談するようになったようだ。
熱中すると時間を忘れてしまうのは相変わらずだが、アメリアもときどきやってしまうので、サルジュのことは強く言えない。
(でも、なるべく気を付けないと)
中庭にある噴水は、マリーエと初めて出会った場所だ。
あのときは、サルジュに提出するために頑張ってまとめた資料を、バッグごと噴水の中に落とされてしまい、努力が無駄になった悲しさよりも、周囲の悪意にショックを受けた。
そんな中、周囲の人間がおかしいとはっきりと言ってくれたマリーエは、今でも一番大切な友人だ。
そうして、サルジュと色々な植物や花を植えた裏庭。
もう何もないと思っていたのに、白い綺麗な花がたくさん咲いていて、アメリアは息を呑んだ。
「これは、サルジュ様が?」
ここに立ち入る者はほとんどいない。
サルジュが学園を卒業してからは、アメリアも来ていなかった。
(それなのに……)
この白い花は、サルジュが品種改良をして作り出したものだ。
卒業の際に、アメリアが思い出のこの場所を訪れると思い、花を咲かせてくれたのだろう。
「こんなに素敵な卒業祝いを頂けるなんて」
白い花にそっと触れて、アメリアは微笑んだ。
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