3-31

 サルジュの部屋は、図書室からとても近い場所にある。

 緊張しながらも扉を叩くと、中から答える声がした。

「あの、サルジュ様?」

「アメリア?」

 まさかアメリアが訪ねてくるとは思わなかったらしく、驚いたような声とともに、扉が開かれた。

「エスト様に、様子を見に行ってほしいと言われて」

「エスト兄上が?」

 サルジュにも、エストの行動は予想外だったらしく、そう問い返しながらも、アメリアを部屋の中に導いてくれた。

「すまない、すっかり眠ってしまっていた。もうこんな時間になっていたんだね」

 そう言うと、わずかに乱れていた金色の髪を、慌てて整える。

 そんな様子が何だか可愛く思えて、アメリアは思わずくすりと笑ってしまう。

(ここが、サルジュ様の部屋……)

 生活感はほとんどなく、本や資料などがたくさんあって、まるで図書室と同じような雰囲気だ。

 窓辺には植木鉢がいくつか置かれていて、そこには今の季節ではない花が咲いていた。

 きっとサルジュが、魔法で咲かせたのだろう。

 あまり見渡すのも失礼だと思ったけれど、つい好奇心に負けて、アメリアは視線を巡らせた。

「あ……」

 壁に、一枚の絵が飾られている。

 少し大きめのサイズで、風景画のようだ。

 何だか見たことのある景色だと思ったアメリアは、それがレニア領の風景だということに気が付いた。

「サルジュ様、これは……」

 あれは、去年のこと。

 長引いてしまった公務のせいで、潰れてしまった夏季休暇の代わりにと、休暇をもらってサルジュとレニア領に帰ったことがあった。

 そのときに、サルジュに請われて一緒に農地を歩いた。

 その風景が、ここに描かれていたのだ。

「あの日の、レニア領ですね」

「うん」

 サルジュは頷き、少し照れたような顔で、アメリアが見つめている風景画に触れた。

「あの日の光景を、形にして残しておきたくて。こうして描いてみた」

「サルジュ様が描かれたのですか?」

 驚いて、つい大きな声を出してしまう。

 彼が絵を描くなんて、今までまったく知らなかった。

 エストが言っていた、サルジュの意外な一面とは、きっとこのことだろう。

「そう。昔から、貴重な植物を持ち帰ることができない場合は、こうして絵に描いていた。今までは簡単なスケッチなどで、こんな大きなものを描いたことはなかったけれど、この景色だけは、どうしても形に残したくて」

 忙しい時間の合間を縫って、少しずつ仕上げたであろう風景画。

 それはとても優しい色合いで、サルジュはあのときの景色を、一緒に過ごした時間を、こんなにも愛おしんでくれたのだとわかる。

 そう思うと嬉しくて、思わず涙が零れる。

 感動して涙を流すアメリアを、サルジュは優しく抱き寄せてくれた。

「すべてが終わったら、またサルジュ様と農地を歩きたいです」

「そうだね。そのためにも、あの問題を全力で解決しなければならない」

 ふたりで寄り添いながら、レニア領の景色を眺める。

 戻ってきたふたりを、エストは優しく迎えてくれた。

 三人で魔法の資料を分析したが、闇魔法が残した魔法兵器を恐れる記述ばかりで、なかなか場所を特定することはできない。

 各地を飛び回って探しているアレクシスたちにも、まだ有力な情報は掴んでいないらしい。

「もしかしたら、それほど大きなものではないのかもしれませんね」

 エストの言葉に、アメリアも同意した。

 恐ろしいほどの威力を持っているかもしれないが、兵器そのものは小型の可能性があり、さらに隠蔽魔法まで掛けられている。

 探し出すのは容易ではないだろう。

 けれど、帝都を中心として、気温が上昇しているという事実がある。

 その付近にあることは、間違いない。

「その魔法兵器がベルツ帝国の天候にも関与しているとしたら、過去から今までの気温の変化を見比べてみれば、何かわかるかもしれません」

 時間を掛けて分析した魔法関連の資料には、残念ながら有力な情報は記載されていなかった。

 ならば、別の視点から探さなくてはならない。

 そう思ったアメリアは、気温の上昇具合から、場所が特定できないかと考えた。

「たしかに、ベルツ帝国では長年の課題だったのだから、詳しく調査した者もいただろう。カーロイド皇帝に詳しいデータが残されていないか聞いてみよう」

 サルジュもその考えに同意してくれた。

 さっそくベルツ帝国に向かうことにしたが、エストも同行すると言い出した。

「アメリアのお陰で、もう魔力が吸い取られることもありません。私が行っても問題ないでしょう」

「ですが……」

 さすがに王子が四人とも国を出てもいいのか気になったが、エストは問題ないと言う。

「もうライナスがいますから」

 アレクシスに次ぐ王位継承権を持つのは、生まれたばかりのライナスだ。

 光属性を持っていることも間違いないため、もし何かあったとしても、ライナスがいれば大丈夫だとエストは言う。

 意外に頑固なエストを思い留まらせることはできず、さらに国王陛下も許可したことで、三人でベルツ帝国に向かうことにした。

 サルジュはエストを心配していたが、彼は長距離の移動魔法にも平然としていたくらいだ。

 帝城では、アレクシスとユリウス。

 そしてカーロイドが、三人を迎えてくれた。

「まさかエストまで来るとは。身体は大丈夫なのか?」

 心配そうなアレクシスに、エストは問題ないと笑って答えていた。

「それよりも、例の魔導具の特定を急ぎましょう」

 砂漠化が懸念されるようになった時期を特定し、気温の上昇を事細やかに記載したデータがないと調べる。

 すると帝都のすぐ近くに、かつて小さな町があったことが判明した。

 そこは砂漠化が他と比べても激しく、誰も住めなくなって、町そのものが消滅してしまったらしい。

 その町の特定には、それほど時間が掛からなかった。

 アレクシスとユリウスがその地に赴き、やがて、やや大きめの宝石のようなものを持ち帰った。

 サルジュとエストが分析した結果、それが魔法陣から魔力を供給されていた魔導具で間違いないという結果が出る。

「魔法兵器に魔力が供給されすぎた結果、砂漠化が起こってしまったのだと思っていた。けれどこの魔法兵器は、砂漠化を引き起こすことが目的だったようだ」

 分析した結果を、カーロイドとアロイス、リリアン。そしてアレクシスとユリウス、そしてアメリアで聞く。

「砂漠化が目的とは?」

「敵国の地中に埋めて隠すことで、魔力が供給される限り、その国の大地を砂漠化させてしまう。目的は、おそらく兵糧攻めのようなものだったのだろう」

 大地が実りを失えば、その土地に住む者たちは生きることができなくなる。

 当然、戦争どころではなくなるだろう。

 だが皮肉にも、その兵器を敵国に埋める前に、闇魔法の遣い手は死んでしまい、ベルツ帝国内にそれが残されてしまった。

 雨を降らせる魔導具を使ってから日照りが激しくなったと言われたのも、魔石の魔力を吸収して、これが活発化したからだろう。

「……国土の砂漠化は、天候のせいではなく、この国の自業自得だったのか」

 カーロイドの苦渋に満ちた声に、何も言えなかった。

 闇魔法の遣い手は、当時の皇帝の部下であり、その命令によってこのような兵器を生み出したのだと思われる。

 こうして魔法兵器は撤去され、これ以上砂漠化が進むことはないのかもしれない。

 けれど、ここまで疲弊した大地が元の姿を取り戻すには、それこそ長い年月が必要となるだろう。

「でもこれで、この国でも魔導具は正常に動くようになる。魔力を強制的に奪う魔法陣もなくなった。これからはこの国にも、魔力を持った子どもが生まれるかもしれない」

 重い沈黙を破ったのは、サルジュのその言葉だった。

 過去はもう変えられない。

 現状も、厳しいものだ。

 けれど未来には希望がある。

 カーロイドも、そんなサルジュの言葉を受けて、決意に満ちた瞳で頷いた。

「ベルツ帝国の皇帝として、この国の大地を蘇らせるために、生涯を捧げよう。ビーダイド王国の助力には、心から感謝する」

「ここまで関わったんだ。これからも協力するさ」

 アレクシスが沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように明るく言い、カーロイドの顔も少し和らいだ。

 カーロイドは孤高の皇帝だが、もう孤独ではない。

 アロイスやリリアンも傍にいる。

 道は困難だが、彼ならば必ず成し遂げるだろう。

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