3-30

 魔法陣も使わず、しかも三人を同時に移動させたようだ。

「アレクシス様はすごいですね」

 一瞬でビーダイド王国に戻ってきたことに感動して、そう呟く。

 少し冷たい空気に、思わず深呼吸をする。

 やはりこの国の気候が、一番身体に馴染んでいる気がする。

「そうだね。兄上がいてくれるから、こうして研究に専念することができる」

 サルジュもそう言って、アメリアを見つめる。

「アメリア。迎えに来てくれてありがとう。アメリアが施錠魔法を解除してくれなかったら、あの建物の中に閉じ込められたままだった」

「サルジュ様のお役に立つことができて、よかったです」

 こうして一緒に戻ってこられて、本当によかったと思う。

 ふたりが帰ったことを知ると、マリーエとソフィア、そしてエストが迎えてくれた。

「おかえりなさい」

 そう言ってくれたマリーエの優しい声に、もう休息は十分だったはずなのに、力が抜けて座り込みそうになる。

「大変だったわね。今日は何もしないで、ゆっくり休みなさい」

 ソフィアもそう労ってくれた。

「でも、ベルツ帝国ではアレクシス様やユリウス様が……」

「大丈夫。ふたりとも丈夫だから、多少のことでは身体を壊したりしないから」

 たしかに、疲れも見せずにずっと動き回っていたアレクシスを思い出すと、その通りかもしれないと思ってしまう。

「それに、サルジュは少しつらそうだわ。休ませてあげないと」

 ソフィアにそう囁かれ、はっとしてサルジュを見る。

 たしかに、アメリアが駆けつけるまで三日もあの建物に閉じ込められていたのだ。その間、彼がおとなしくしていたとは思えない。

 扉を開けようとしたり、魔法陣を何とかしようとしたり、考えられることはすべてやってみたことだろう。

 そのあとに魔法陣の撤去までしたのだから、一日くらいで回復するとは思えなかった。

「ユリウスに、任せられることは任せろと言われたことを、もう忘れましたか?」

 それでも、少しでも早く魔法兵器の場所を特定しなければと、休むことを拒否するサルジュに、エストは呆れたように言った。

「それに古代魔法ならば、私も少し学んでいます。持ち帰った資料の分析は任せて、今はおとなしく休みなさい」

「サルジュ様。無理はしないと約束してくれたはずです」

 さらにアメリアがそう言うと、サルジュはようやく諦めたようで、自分の部屋で休んでくれた。

 それにほっとしたのも束の間。

 今度はアメリアが、ソフィアとマリーエに言われてしまう。

「さあ、アメリアも休みなさい。これから忙しくなるかもしれないから、休めるうちにしっかりとね」

「はい」

 ソフィアもマリーエも、本当はベルツ帝国に残ったアレクシスとユリウスが心配だろうに、アメリアとサルジュを気遣ってくれる。

 その優しさに、今は甘えることにして、アメリアもおとなしく自分の部屋に向かった。

 カーロイド皇帝の許可を得て、ふたりはベルツ帝国からいくつか資料を持ち帰っていた。

 その資料は、エストが確認してくれるらしい。

 エストは昔、今よりも身体が弱く、ほとんど部屋で過ごしていた時期があった。その頃に、昔の魔法書や、古代魔語の本ばかり読んでいたという。

 アメリアも学園に入る前から、農地に出られない冬は、少しでも魔法を勉強して領地のために役立てたいと、同じような本を読んでいた。

 これからはエストとも、魔法の話ができるかもしれない。義兄(あに)になる彼と、共通点を見つけられて嬉しく思う。

(それにしても……)

 アメリアは、しっかり馴染んだ自分の部屋で、ベッドに横たわって天井を眺めながら思う。

 ベルツ帝国に、アレクシスとユリウス。

 そして、こちらでエストとサルジュ。

 ビーダイド王国の王子四人が、総出で取り掛かるほどの事態なのだ。

 そう思うと少し恐ろしいが、彼らが四人揃っているのならば、きっと大丈夫だという安心感もある。

「うん、休めるうちに休まないと」

 頼もしい仲間がこれほどたくさんいるのだ。

 任せられることは任せて、今は体調を万全にしよう。

 そう思って、この日は言われた通りに何もせずに回復に専念した。

 そのお陰か、翌日にはすっかり元通りになっていた。

 もともと向こうでもしっかり休んで、体調は整えていたくらいだ。それに昔から農地を歩き回っていたアメリアは、小柄な体型に反して、案外丈夫なのだ。

「おはようございます。昨日は休ませていただいてありがとうございました」

 朝食に向かい、ソフィアとマリーエにそう挨拶をする。

 少し遅れてエストもやってきたが、サルジュの姿はない。

「サルジュ様は……」

「うん、大丈夫だよ。せっかく休ませようと思って資料もすべて取り上げていたのに、かえって色々と考えてしまって眠れなかったようでね」

 朝食に来る前に様子を見てきたエストは、そう言って苦笑する。

 たしかにサルジュならば何も資料を見なくても、今までの知識で、いくらでも思考を巡らせられるだろう。

「朝方頃にようやく眠ったみたいだから、もう少し休ませておこう」

「はい」

 残っている人たちで朝食をとったあとは、エストと一緒に図書室で、持ち帰った魔法の資料を分析する。

「闇魔法の存在は、ビーダイドの王家には代々伝わっていた話だよ」

 その中に闇魔法の記載があったようで、エストはそう教えてくれた。

「そうだったんですね」

「闇魔法の遣い手は、数百十年前の魔法戦争で絶えたと言われていた。でも、ベルツ帝国に残されていた魔法陣は、間違いなく闇魔法だったと思う」

 もう失われた魔法だからこそ、光魔法の遣い手であるビーダイド王国の王家にだけ、ひっそりと伝えられてきたのかもしれない。

「はい。わたしもそう思います。とても禍々しいものでした」

 他者の魔力を、無理やり奪う魔法陣なのだ。

 あれほどの魔法陣を、よく撤去できたものだと今さらながら思う。

 きっと光魔法の遣い手であるサルジュが、一緒にいてくれたからだ。

「その魔力が供給されている魔法兵器も、おそらくそうだろう。魔法の遣い手は絶えても、まだ魔法の名残は残っている。今の世界には不要なものだ。すべて、撤去するべきだろう」

 ベルツ帝国の皇帝であるカーロイドが、戦乱を望んでいない人物でよかったと、エストも言う。

 今のベルツ帝国は魔法という力が失われ、かつてベルツ帝国に闇魔法の遣い手がいたことさえ知らない。

 カーロイドも、魔法という存在を無意識に恐れているように、アメリアには思えた。

 制御できない強い力が手元にあるのは、とても怖いことだ。

 ベルツ帝国に残されていた魔法の資料は、サルジュが言っていたようにかなり難解で、古代魔語をよく理解しているエストやアメリアでも、なかなか読み解けないものもあった。

「これはさすがに、サルジュの助けが必要だね。アメリア、サルジュの様子を見に行ってくれないか?」

「え?」

 何とか古代魔語を読み取ろうと集中していたアメリアは、突然そう言われて、驚いて顔を上げる。

「様子……。あの、サルジュ様の部屋に……ですか?」

 サルジュと会うのはいつも図書室などで、互いの部屋を訪れたことは一度もなかった。

 動揺して聞き返すアメリアに、エストは笑って頷く。

「そう。婚約者なのだから、構わないと思いますが」

 アメリアの知らない、意外な一面が見られるかもしれませんよ。

 エストはそう言って、にこやかに笑った。

 そんなことを言われてしまえば、気になってしまう。

 それに、ただサルジュの様子を見に行くだけだからと、アメリアは緊張しながらも頷いて、サルジュの部屋に向かうことにした。

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