3-29
「兵器かどうかは、まだわからないよ」
そんなアメリアの不安を感じ取ったのか、サルジュはそう言った。
「もし魔法兵器だとしたら、それほど大掛かりなものが、今まで発見されずに放置されていたとは思えない。けれど今のベルツ帝国の状況を考えると、あまり良くないものだろう」
サルジュはベルツ帝国の帝城の資料室に残された資料から、それを連想させる記述が多数見つかったと告げた。
「気温が上昇し続け、魔力を奪われてしまう。あの資料室には、昔からそんな報告があったと記載がありました」
あの魔法陣を作った魔導師は戦いの中で命を落とし、その兵器らしきものだけが残されたのだろうか。
過剰に魔力を供給され続けた魔法兵器が暴走して、この国の天候にさえ影響されているのだとしたら、それはとても恐ろしいことだ。
「この話は、カーロイドにも通したほうがよさそうだ」
サルジュの報告を聞いたアレクシスは、そう言った。
たしかにこれはベルツ帝国に関わる問題である。
「ですが、兄上」
けれど、ユリウスは躊躇いがちに声を上げる。
「もしそれが恐るべき魔法兵器ならば、ベルツ帝国はこの大陸の支配者になれる可能性さえある。それを、簡単に破棄するでしょうか?」
魔法兵器の存在を明かさずに、ひそかに処分した方がいいのではないかと、ユリウスは言う。
「これが、前々皇帝、前皇帝のときに判明しなくてよかったと、俺は思うよ」
そんなユリウスに、アレクシスはそう言った。
「カーロイドならば、そんな危険なものはすぐに処分すると言うだろう。間違いない。彼は、そういう男だ」
「それは、わかっています。ですが……」
孤高の皇帝の不器用なまでのまっすぐさを、ユリウスも知っているはずだ。
それでも、再び国家間の戦争を引き起こすかもしれないものの存在を、簡単に明かしても良いのかという迷いがあるのだろう。
「ユリウスの懸念もわかる。だがここはベルツ帝国で、我々が他国の所有物を破壊することはできない。カーロイドに話をしようと思う」
それに、どこにあるかわからない魔法兵器を探すには、やはりカーロイドの許可と協力が必要となる。
そう言うアレクシスの言葉に、サルジュとアメリアは同意する。
そして最後にはユリウスも頷いた。
そして、全員でベルツ帝国の帝城に移動し、カーロイドひとりに話がしたいと言うと、彼はすぐに承諾してくれた。
「帝都に残されていた古い建物に関することだろう?」
カーロイドは、そう言って側近も護衛騎士さえも遠ざけて、こちらの話を聞いてくれた。
アロイスやリリアンがいれば同席したかもしれないが、ふたりは今、任務のために城を離れているらしい。
「そうだ。あの建物の内部には、魔力を無差別に吸収する魔法陣がいくつも描かれていた」
そう言ってアレクシスは、カーロイドの目の前に、あの建物の内部に描かれた魔法陣を再現してみせる。
「これは……。随分と禍々しいものだな」
それを見たカーロイドは、顔を顰める。
「雨を降らせる魔導具の不具合は、この魔法陣によって魔石の魔力さえ吸収されていたからだ。もう百数十年も前のものとは思えないほど、正常に稼働していたようだな」
「あの建物が倒壊したということは、この魔法陣も?」
「ああ。サルジュとアメリアが魔法陣を撤去してくれた。建物を保護していた魔力も消えたことで、崩壊したのだろう」
アレクシスの説明にカーロイドは頷く。
「そうか。……危険を冒してまで撤去してくれたことに、感謝する。私には魔法のことはよくわからないが、あれは禍々しく、恐ろしいものに感じた。残しておいては、後々によくないことが起きたかもしれない」
カーロイドは心から安堵した様子でそう言い、アメリアとサルジュにも謝意を示してくれた。
「そうだな。この魔法陣が、サルジュの魔導具の不具合を引き起こしていたのだからな。それに、もしかしたらもっとひどい事態になっていたかもしれない」
親しい友人に話すように、朗らかに語り掛けていたアレクシスは、ふと表情を改めた。
「この魔法陣によって集められた魔力は、どこかに転送されているようだ。サルジュは、この魔力が供給されている先に、この国が砂漠化するほど気温が上昇してしまった原因があると言う」
よほど衝撃だったのか、カーロイドは立ち上がった。
問い詰めるほど強い視線をサルジュに向けている。
サルジュは臆することなく、静かに頷き、この国を取り巻く状況を説明し始める。
「ベルツ帝国に残されていた、過去の魔法に関する資料に、帝都の近くには灼熱のドラゴンが棲んでいる。そのドラゴンの住む区域は、他に比べて気温が高く、年々上昇している、という記載がありました」
「ドラゴン?」
訝しげなカーロイドに、サルジュは本物のドラゴンではなく、おそらく魔導具のようなものをドラゴンに例えて記したのだろうと説明した。
「ベルツ帝国の魔導師たちは、その魔導具が周囲に悪影響を与えるほど危険なものだと認識し、何とか止めようとした。けれど、それは叶わなかったようです」
その魔導具は、魔法戦争があった時代の遺物で、気温が上昇する、近寄ると魔力が根こそぎ奪われて、最後には死んでしまう、などという記載が多数あったと、サルジュは説明した。
「ひとつの魔導具が、帝国全土の天候に影響を与えるなどと、実際に起こるのだろうか?」
魔法という力に馴染みがないカーロイドは、魔法による影響だというよりも、単に天候のせいだと考える方が自然だと思っているようだ。
「昔は今よりも大規模な魔法が多く、魔力を集め続けた年月を考えると、あり得ないことではありません」
それでもサルジュの言葉を、真摯に受け止めている。
「それほどのことを、なぜ歴代の皇帝たちは放置されていたのだろうか」
「機密を守るために、隠蔽魔法が掛けられていました。解除できる者がいなくなってしまったことにより、その情報も失われていったのでしょう」
やがて気温が上昇する範囲も広がり、魔導具の影響ではなく、天候のせいだと認識されていく。
魔力に関しても、魔導師自体が減少し、魔力を奪われたと感じる者もいなくなった。
「それでも、今までも僅かに魔力を持っていた者は存在していたかもしれません。ですが、あの魔法陣がすべて奪い取ってしまい、属性魔法どころか、自身に魔力があることさえ、気付かせなかったのではないかと」
さすがに衝撃的な話だったのだろう。
カーロイドは黙り込んでしまい、やがて大きく息を吐いた。
「魔法陣がなくなれば、もうその魔導具も止まるだろうか?」
「いずれは。けれど、それが本当に魔導具であるかどうかも定かではなく、今まで百数十年も魔力を供給し続けたことを考えると、停止まで何年も掛かる可能性もあります。その間も、気温が上昇し続けるとしたら、雨を降らせる魔導具だけでは、心許ないかと」
サルジュは魔導具かもしれないとだけ言い、それが魔法兵器である可能性に言及しなかった。
けれどそれが作られた時期と、魔法陣を幾つも設置して魔力を集めていたことなどから、カーロイドにも何となく想像できたのだろう。
「それほど危険なものならば、何としても排除しなければならないと思う。可能だろうか?」
カーロイドの問いに、アレクシスは力強く頷いた。
「ああ。たしかに、サルジュの言うように放置するのは危険だろう。場所もわからず、どんな形をしているのかもわからないが、何としても探し出して、破壊しなければならない」
「この国のことで、ここまで面倒を掛けてしまって申し訳ない」
カーロイドは頭を下げたが、アレクシスの言うように、放置するにはあまりにも危険なものだ。
話し合いの結果、まずアレクシスとユリウス、そして案内人としてアロイスが帝都周辺をくまなく探索し、魔導具らしきものの場所を突き止めることになった。
あまりにも昔のことで、再現魔法でも場所は特定できないので、地道に探すしかないだろう。
「サルジュとアメリアは、一旦国に帰るように。魔法陣の撤去で、かなり疲れたはずだ。しばらくは療養し、魔導具らしきものが発見された場合に備えてほしい」
「はい」
アレクシスの言葉に、アメリアはすぐに頷いた。
身体はもう回復していたが、この場に残っても探索の力になるとは思えない。
それよりも、カーロイド皇帝に特別に持ち出しが許可された過去の魔法の資料を分析し、魔法兵器についての情報を集めた方がいいだろう。
サルジュは少し戸惑っていたが、ユリウスに急かされて、仕方なく頷いていた。
ここでベルツ帝国を離れることに、少し抵抗があったのかもしれない。
けれどこれだけのことを、今までひとりで抱え込んでいたサルジュには、少し休息も必要だろう。
その日のうちにアメリアはサルジュと、そして護衛騎士のリリアーネとともに、ビーダイド王国に帰還することになった。
「何かわかったらすぐに連絡する。だから、おとなしく待っているように」
アレクシスはサルジュを諭すようにそう言うと、全員を転移魔法でビーダイド王国まで送ってくれた。
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