3-28

 何度も失敗し、その度にふたりで最初からやり直した。

 そうして、とうとう周囲が明るくなり始めた頃、ようやく魔法陣の解析に成功した。

 安堵から、その場に座り込んだアメリアを、サルジュは支えてくれた。

「アメリア、無理をさせてしまってすまない。お陰で魔法陣を解析することができた。このまま一気に残りの魔法陣を撤去して、兄上のところに急ごう」

「はい」

 そう答えたものの、安堵からか、それとも疲労からか。

 足が震えてなかなか立つことができなかった。

 でもアメリアたちがこの建物から撤退しなければ、今も扉を維持しているアレクシスの負担になってしまう。

 本体の魔法陣を解析した際に入手した、他の魔法陣を解除するための魔法を使う。すると、青く光っていた魔法陣がいっせいに光を失った。

 続いて、ガラスが割れるような硬質な音が響き渡る。

 魔法陣は跡形もなく消え、古びた壁だけが残された。

 これでもう、魔力を奪われることも、魔石が劣化してしまうこともないだろう。

 だが、ほっとしたのも束の間。

 ふいに足元が崩れて、アメリアはバランスを保てずに、地面に転がってしまう。

「きゃっ」

「アメリア!」

 魔法陣がなくなったことにより、建物を維持していた魔法が消えてしまったのだ。それによって長年の劣化に耐えられなくなった建物が、崩壊したらしい。

 壁が崩れ、天井が落ちてくる。

「!」

 疲れ切った身体では、逃げることさえできなかった。

 このままでは生き埋めになってしまうと、アメリアは恐怖に身を震わせる。

 けれど、包み込んでくれるサルジュの腕と彼の魔力が、アメリアを守ってくれた。

「……間に合った」

 聞こえてきた安堵の声に、固く瞑っていた目を開く。

 建物の下敷きになってしまうかと思われたアメリアとサルジュは、彼の結界魔法によって守られていた。

 魔法陣がなくなったことで、ビーダイド王国にいるときのように、自由に魔法が使えるようになったのだろう。

「サルジュ様」

「アメリア、怪我はないか?」

「はい、わたしは大丈夫です。サルジュ様は……」

「私も問題ない」

 互いの無事を確認し合い、寄り添い合う。

「ふたりとも、無事だったか」

 安堵した声が聞こえて顔を上げると、アレクシスとカイドも、ふたりのもとに駆け付けてくれたようだ。

「魔法陣は」

「無事に撤去することができました。そのせいで、建物を維持することができなくなって、崩れ落ちてしまったようです」

「そうか。まぁ、カーロイドに人的被害が起きなければ、好きにして良いと言われている。問題ないだろう」

 そう言って、瓦礫の山となった建物を見る。

「これは残した方がいいか?」

 そう尋ねられたサルジュは、アメリアを腕に抱いたまま首を横に振る。

 すると、アレクシスが軽く手を振っただけで瓦礫の山は消え、更地となった。

「もう朝だが、ふたりとも休んだ方がいい。帝城で休ませてもらうか? それとも帝都に宿を借りた方がいいか?」

「町の様子も見たいから、宿の方がいい」

 そう答えたサルジュに頷き、アレクシスは帝都に宿を借りて、ふたりを休ませてくれた。

 サルジュと隣同士の部屋で、念のためにと結界も張ってくれた。宿にはいつの間にかリリアーネがいて、アメリアの世話をしてくれる。

「アレクシス様に呼ばれました。ずっと傍にいますから、安心してお休みください」

「……うん」

 さすがに疲れ果てていたアメリアは、そう言ってすぐにベッドに潜り込む。

 アレクシスが結界を張ってくれて、さらにリリアーネが傍にいてくれる。そう思うと、安心してぐっすりと眠ることができた。

 目が覚めたのは、もう昼近くのことだった。

 まだぼんやりとしているアメリアに、リリアーネは食事を用意してくれる。

「サルジュ様は……」

「カイドに聞いたら、まだ休まれているようです」

 サルジュは一度寝てしまうと、なかなか起きない。

 もしかしたら、このまま夕方頃まで起きないかもしれない。

「アメリア様も、もう少し休まれた方がよろしいかと」

 そう言われて、アメリアも頷く。

「ええ、そうするわ」

 さすがにまだ、完全に回復したとは言えない。

「アレクシス様は……」

「王太子殿下は、一度ビーダイド王国に戻って国王陛下に報告してから、また戻ってくるそうです」

「すごいですね……」

 アメリアとサルジュが魔法陣を解析している間、一晩中、扉が閉まらないように魔力で維持してくれたのに、休んだ様子もなく動き回っている様子に感心する。

「いえ、さすがに少しはお疲れでしたよ。あの方が疲れている様子なんて、それこそ数十年ぶりでしたが」

 アレクシスとは魔法学園で同級生だったリリアーネは、そう言って笑った。

 けれどアメリアにはどうしても、アレクシスが疲れている姿など想像できなかった。

 軽く食事をしたあと、リリアーネに促されてもう少し休むことにした。

 それでもすぐには眠くならず、窓から帝都の様子を眺めている。

(魔法陣がなくなって、もうこの国から魔力を感じない……。きっと雨を降らせる魔導具も、正常に動くようになったはず。でも……)

 この国から魔法が消えたのは、あの魔法陣のせいかもしれない。

 魔法陣は撤去することはできたけれど、まだこの件は終わっていない。

 そんな予感がする。

(それに、かつてこのベルツ帝国に、闇の魔法を使う人がいたなんて)

 だが、この国から魔法が失われた以上、闇魔法の遣い手も、今はもう絶えているに違いない。

 それでもまだ、その遺物が残っているのならば、あの魔法陣と同じく、すべて撤去しなければならないだろう。

 そんなことを考えているうちに、また眠ってしまったらしい。

 翌朝までゆっくりと眠ったアメリアは、爽快な気持ちで目覚めることができた。

「うん、よく寝た」

 疲労もすっかり回復したようだ。

 着替えをしてから、アレクシスとサルジュが待っているらしい部屋に向かう。

(あれ、ユリウス様?)

 すると、リリアーネと同じくアレクシスに呼ばれたのか、ビーダイド王国で待機していたはずのユリウスの姿もあった。

「おはようございます」

 そう声をかけると、三人が振り向いた。

「ああ、アメリア、おはよう。顔色は良さそうだね」

 そう言ってにこやかに迎えてくれたのはアレクシスだった。

「ユリウスも、アメリアが来たからその辺で。サルジュも反省しただろう」

「……兄上は、サルジュに甘いですよ」

「お前だって、そうだろうに」

 どうやらひとりで危険なことをしたと、ユリウスはサルジュを叱っていたようだ。

「たしかに農作物や魔導具に関しては、サルジュを頼りにしてしまっていることは多い。だが今回のことは、サルジュがひとりで解決するようなことではない。アメリアだけではなく、俺たちも頼ってほしい。俺たちにだって、何かできることはあるはずだ」

 サルジュにしてみれば、魔導具を任せられたのだから、その不具合も自分が解決しなければという思いがあったに違いない。

 けれどユリウスだけではなく、アレクシスもエストも、そしてアメリアも、いつだってサルジュの手助けをしたいと思っている。

 ユリウスの言うように、サルジュと同じことはできなくても、手助けはできるはず。

 さらに今回の件は魔法陣や古代魔語のことが中心で、サルジュも詳しいが、専門家ではない。

 サルジュを庇いたいが、ユリウスの言いたいこともよくわかる。

 アメリアは口を挟めずに、ただ見守っていた。

「わかっている。今回だって、アメリアとアレク兄上が来てくれたから、解決できた」

 サルジュも聞き流したりせずに、真摯にそう言った。

「でも、まだやらなくてはならないことがある。あの魔法陣が集めた魔力は、どこかに転送されているはず。それはきっと、この国の今の状態にも関わっている。それを探し出して、止めなくてはならない」

「この国の状態とは?」

 アレクシスの問いに、サルジュは視線を窓の外に向けた。

「大陸の中で、この国の気温だけが上昇している原因が、あの魔法陣から魔力が転送されている先にある。それは百数十年前、まだこの大陸で国家間の争いが激しかった頃のものだと思う」

「それは……」

 アレクシスとユリウスは顔を見合わせて、表情を険しくする。

 それは、魔導師による魔法攻撃が主だった時代だ。

 敵をいっきに殲滅するような大掛かりな魔法が次々と開発され、どの国も被害が甚大だった。

 あまりにも激しい魔法戦争に突入してしまい、このままでは被害ばかりが大きくなってしまうと、各国の国王が集まって協定が結ばれたのだという。

 その頃に、手あたり次第に魔力を集め、それを何かに転送しているのだとしたら、魔法兵器しか考えられない。

(そんな……)

 アメリアは震える両手を胸のあたりで組み合わせ、縋るようにサルジュを見た。

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