3-27

 アメリアはサルジュの腕に抱かれたまま、周囲を見渡した。

 暗い廊下の先には、思っていた以上に広い部屋があった。

 壁一面に魔法陣が描かれて青白く光っている。アメリアが見た青い光は、どうやらこの魔法陣だったらしい。

 そして魔法陣が設置されているこの部屋では、魔力を奪われるような不快な感覚はなかった。

「サルジュ様、これは……」

 その問いに、アメリアに黒髪に頬を寄せて目を閉じていたサルジュは、顔を上げた。

「アメリアが帝都で感じた魔力は、この魔法陣だったと思う。建物と同じようにかなり古いものだが、まだ稼働している」

 アメリアは目を凝らして、その魔法陣を見つめた。

 かなり複雑なものだが、何とか古代魔語を読み取る。

「……これは」

 属性魔法ではない。

 けれどこの禍々しさは、絶対に光魔法ではないだろう。

「私も、初めて見る魔法だ。けれど、ベルツ帝国で見た過去の魔法資料の中に、この国にはかつて、『闇魔法』という魔法を使う者がいたという記載があった」

「闇……魔法」

 言葉にしただけで、ぞくりとした恐怖を感じる。

 他者の魔力を強制的に奪い取る。

 それは、サルジュたちが使う光魔法とは、まったく正反対の存在だろう。

「この魔法陣は、どうやら魔力を奪い、その奪った魔力を別の場所に転送しているようだ。それが何であれ、これほどの魔力を、これだけ長期間に渡って供給し続けている。あまり良いことにはなってなさそうだ」

 ベルツ帝国で使われる魔法の、魔力をすべて奪い取るほどの魔法陣。

 これほど長い間、奪い続けた魔力を、いったい何に使っているのか。

 そう考えると、たしかにサルジュの言うように、あまり良いことではなさそうだ。

「とにかく今は、この魔法陣をどうにかしなければならない」

「はい。そうですね」

 サルジュの言葉に頷きながら、アメリアは壁一面に描かれた魔法陣を見つめる。

 魔法陣を撤去するには、解析して分解しなければならない。

 描かれた順に魔法陣に魔力を流して、少しずつ分解していくのだ。

 これだけの量の魔法陣を解析するには、かなりの時間が必要になってしまう。

「サルジュ、アメリア」

 そのとき、呼ぶ声が聞こえて振り返ると、アレクシスが駆けつけてきた。

「兄上、扉は」

「カイドに任せてきた。少しの間なら大丈夫だろう」

 ふたりが話し合っているうちに、カイドは事情を察し、扉の確保に向かってくれたのだ。

 魔法で施錠している扉を保つには、魔力を流し続けて強制的に阻止するしかない。

 カイドは今、アレクシスに変わって扉が再び施錠してしまわないように、頑張ってくれているのだろう。

「魔力が奪われているのは、この魔法陣が原因かと。これを破壊すれば、もう魔力を奪われることはないでしょう」

 サルジュの説明に、アレクシスは視線を壁に向けた。

「……これか」

 それから青白く光る魔法陣に近付き、そっと手を添える。

「解析できるか?」

「やってみます。ですが、少し時間が掛かるかもしれません。兄上、その間に扉をお願いします」

「わかった。向こうは任せろ」

 アレクシスはそう言うと、扉の方に戻っていった。

 これだけの魔法陣を解除するには、どれくらい時間が掛かるのかわからない。

 いくらアレクシスが高い魔力を持っているとはいえ、いつまであの扉を維持し続けられるのかわからない。

 それでも、やらなくてはいけない。

 急がなくてはと焦ったが、ふとアメリアは、以前読んだ古代の魔法陣について描かれた本を思い出した。

「サルジュ様。複数の魔法陣が描かれている場合は、どれかひとつ、本体となる魔法陣があると書かれていました」

「本体?」

「はい。魔法陣を解除するときには、その本体だけを解析すれば良いと。たしか、王城の図書室にあった古代の魔法陣についての本に、そう書かれていたと思います」

「そうか。魔法については、私よりもアメリアの方が詳しいからね。アメリアが来てくれて、助かった」

「いえ、たまたまその本を読んでいただけで」

 慌てて否定する。

 だが、たしかにサルジュの専門は植物学と土魔法で、近年はずっと穀物の品種改良に専念していただろう。

 暇さえあれば本を読んでいたアメリアの方が、知識だけはあるのかもしれない。

「お役に立てて、よかったです」

 そう言って、壁一面に描かれた魔法陣を見つめる。

「こういう用途の魔法陣ならば、本体は巧妙に隠されているかもしれません。それでも、本体の魔法陣には古代魔語がひとつ余計に使われているはずです」

 その魔法陣の本体を見つけ出し、解析に成功すれば、他の魔法陣をいっせいに解除するための、魔法の呪文を取得することができる。

 アメリアはサルジュに、そう説明する。

「わかった」

 どちらにしろ、ひとつひとつ確認しなければならないのは、同じだ。

 けれど、ただ確認するのと、ひとつずつ解析するのではまったく違うと、サルジュはアメリアに感謝してくれる。

「急いで確認していこう」

 ふたりで両端から、魔法陣を確認していく。

 巧妙に隠された古代魔語を探すには、意識を集中させねばならず、なかなか大変な作業だった。

「あ」

 それでも、いくつめかの魔法陣を確認していたアメリアは、描かれた魔法陣の中に隠された古代魔語を探し出した。

「サルジュ様、見つけました。これが本体です」

 駆け付けたサルジュにも確認してもらい、これが魔法陣の本体だと確信した。

 あとは、これを解析するだけだ。

「アレクシス様は大丈夫でしょうか?」

 周囲はもう暗く、かなりの時間が経過したと思われる。

 心配になって尋ねると、サルジュはアレクシスと魔法で会話をしたらしく、頷いた。

「大丈夫だから、このまま魔法陣の解析をしろと言っている」

「はい、わかりました」

 だが、この魔法陣の解析も、どれだけ時間が掛かるかわからない。

 なるべく急がなくてはならないだろう。

 アメリアとサルジュは並んで魔法陣の前に立った。

 魔法陣の解析は、描かれた順に魔力でなぞり、少しずつ解除していくことになる。

 描かれた順番は、込められた魔力を辿ることで判明するが、複雑な魔法陣ほど手順がわかりにくく、間違えてしまえば最初からやり直しである。

 ふたりで協力しながら、複雑な魔法陣を少しずつ丁寧に解析していく。

 けれどさすがに、描かれてから年月が経過していることもあり、終盤に差し掛かるにつれて、難しくなっていく。

「あっ……」

 壁が崩れかけていて、わかりにくい箇所があり、とうとう順番を間違えてしまう。

「ごめんなさい……」

 自己嫌悪に陥るが、サルジュは優しくアメリアの背を撫でてくれる。

「大丈夫だ。さすがに今は、私にもわからなかった。もう一度初めからやり直してみよう」

「はい」

 その言葉に励まされて、もう一度魔法陣に向き直る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る