3-26

「アメリア、大丈夫か?」

 アレクシスがそんなアメリアの様子に気が付いて、慌てた様子で駆けつけてくれた。

「これ以上は危険だ。離れた場所で少し休んだ方がいい」

「でも、この中にサルジュ様がいるんです。どうか、やらせてください」

 必死に懇願したが、アレクシスは首を振る。

「駄目だ。アメリアに何かあったらサルジュが一番悲しむ。それに、アメリアでなければこれを解析することはできないだろう。もう少し離れても、問題なく映像を送ることができる。そこから指示してくれ」

「……はい」

 頷きたくなかったが、今は扉を解除する魔法を探し出さなくてはならない。

 建物からもう少し離れ、そこでアレクシスが送ってくれる映像を見つめながら、必死に解除方法を探した。

 そして周囲が暗闇に満たされる頃には、ようやく建物に隠された古代魔語を探し出すことができた。

(装飾の中に古代魔語が五つ、隠されていた。これを組み合わせれば、扉を開くことができるはず。早く何とかしないと)

 アメリアは何度も組み合わせて呪文を作り、試してみる。

 だが、魔法を試すにも魔力を消費する。

 何度か繰り返すうちに、指先が冷えるような感覚を覚えてきた。

 魔力を消費しすぎたのかもしれない。

 まだ大丈夫だと思っていたが、今までに数回、魔力を吸い取られたような感覚があったから、そこでかなり消費してしまったのだろう。

「アメリア、俺がやろう」

 それに気が付いたアレクシスが、アメリアの代わりに呪文を唱えてくれる。

 サルジュが言っていたようにアレクシスの魔力は膨大で、何度間違えても、つらそうな表情すらしない。

 何度か試しているうちに、ようやく正しい組み合わせを見つけることができた。

 アレクシスの指示で、アメリアは少し離れた場所から見ていたが、解除のための魔法は問題なく発動したらしい。

 扉が開かれた気配を感じ取り、アメリアは建物に向かって走り出す。

「アメリア?」

 アレクシスの制止も間に合わず、そのままサルジュの姿を求めて建物の内部に入り込んだ。

「……こんなに暗いなんて」

 だがあまりの暗さに、さらに奥に駆けだそうとしていたアメリアの足が止まった。

 陽が落ちかけていたとはいえ、周囲はこれほど暗くはなかったはずだ。

 足元さえ見えない暗さに、アメリアは息を呑む。

(どうしよう……)

 建物の中に入ったばかりなのに、もう方角さえわからなくなっていく。

「サルジュ様」

 震えそうになる両手を握りしめて、その名を呼ぶ。

 間違いなく、彼はこの建物の中にいるはずだ。

 もし意識があるのなら、きっと答えてくれる。

 そう思いながら、祈るような気持ちで何度も必死にその名を呼ぶ。

「サルジュ様!」

 何度、その名を呼んだだろう。

 すると、ふと遠くに青白い光が見えた。

「アメリア?」

 その先からずっと聞きたいと願っていた声が聞こえてきて、アメリアは暗闇を怖がっていたことさえ忘れて、その光の方向に走り出した。

「サルジュ様!」

 廊下がこんなに長いなんてあり得ない。

 きっと周囲が暗闇に満ちているせいで、余計に長く感じたのかもしれない。

 青い光はだんだん大きくなって、やがて周囲をくっきりと映し出した。

 建物の外壁と同じように、細かい装飾が施された壁で囲まれた長い廊下があった。

 けれどかなり劣化していて、はがれた壁の一部が床に転がっている。

 アメリアは何度も足を取られそうになりながら、必死に走った。

「サルジュ様!」

「アメリア」

 必死に手を伸ばすと、しっかりと手を握られた。

 すっかり馴染んだこの感触は、間違いなくサルジュだ。

「サルジュ様、よかった……」

 最悪の事態も頭をよぎっただけに、無事な姿に心から安堵する。

 サルジュの方は、アメリアがどうしてここにいるかわからない様子で、彼には珍しく戸惑っているようだ。

「どうしてアメリアが、ここに?」

 アメリアは呼吸を整えたあと、ここに来た経緯を説明した。

「サルジュ様が建物に入ったまま戻らないと、カーロイド皇帝からアレクシス様に伝えられました。まずアレクシス様がおひとりでここを訪れたようですが、扉を解除することができなくて、わたしに連絡が」

「……そうか。アメリアは、あの魔法を見つけられたのか」

「はい。かなり古い施錠魔法でしたが、以前、古代魔語の本で、事例として書かれていたのを覚えていたので」

 アメリアがそう答えると、サルジュは納得したように頷いた。

「この建物は何ですか? いったい何が……」

「詳しく説明したいが、まずこの建物を出るのが先だ。ここは危険すぎる。アレク兄上は?」

 そう問われて、彼を置き去りにしてしまったことに気が付いた。

「外に……」

「それならよかった。兄上まで建物の中に入った状態でまた扉が閉じてしまえば、もう開けられる人はいないかもしれない。奥にカイドがいる。兄上と一緒に扉を見張ってもらうことにしよう」

 そう言うと、サルジュはアメリアの手を引いたまま、奥の部屋に入った。

 アメリアにも、建物の中に入ったら、自動的にまた施錠魔法が発動してしまうとわかっていたはずだ。それなのにサルジュのことが心配で、何も考えずに建物の中に駆け込んでしまった。

 アレクシスが留まってくれなかったら、大変なことになっていたかもしれない。

「申し訳ありません。わたし、ただサルジュ様のことが心配で……」

 助けるどころか、一緒に閉じ込められていたかもしれない。

 そう思うと、今さらながら怖くなる。

「いや、私も建物の中に興味を引かれて、あまり用心せずに内部に足を踏み入れてしまった。アメリアが来てくれなかったら、ここから出られなかったかもしれない」

 一応、二、三日は籠るかもしれないからと、水と食料は持ち込んでいたようだが、それも数日分だけだ。

 もしこの扉を開けられなかったらと思うと、ぞっとする。

「すまない。予想外の事態だったとはいえ、もう少し用心していれば避けられたかもしれない。心配をかけてしまった」

 たしかに今までなら、もっと慎重に動いていただろう。

 けれど最近のサルジュは、少し焦っているような気がしていた。

 雨を降らせる魔導具が、正常に動かなかったことだけが理由ではない。

 何か深い懸念があり、それを早急に解決しなければと、焦燥を募らせているように見えた。

「サルジュ様」

 アメリアは、サルジュの手を握り直し、指を絡ませる。

 ふたりは似ているところがあり、言葉にはしなくても、互いのことが何となくわかる。

 だからこそ、あまり言葉にはしてこなかった。

 でも、どんなに近しい相手でも、完全に理解することはできない。

 言葉を惜しんではいけない。

 想いを相手に伝えることを戸惑ってはいけないのだと、今回のことでアメリアは知った。

 だから正直な想いを言葉にして、サルジュに届ける。

「わたしは、サルジュ様の一番になりたいのです」

 いくら彼の唯一の助手でも、婚約者でも、言えなかった。

 けれど紛れもなく、アメリアの本心である。

「一番好きでいてほしい。そして、一番頼りにしてほしい。わたしでは、まだサルジュ様に追いつけないとわかっています。でも、何か悩みがあるのなら、打ち明けてください。やりたいことがあるのなら、一緒にやらせてください」

「アメリア」

 絡ませた指に、力を込める。

「今回みたいに、もう置いて行かないで……」

 アメリアはまだ学生で、一緒にできないことも多いとわかっている。

 だから、これはただの我儘だ。

 でもサルジュと離れたのはたった数日間なのに、彼が傍にいないと、自分が不完全であるかのように感じてしまう。

 一緒に過ごす、あのかけがえのない時間を、早く取り戻したいと願ってしまう。

「すみま……」

「謝る必要なんかないよ」

 抱き寄せられて、逆らうことなく身を任せた。

「私も今回のことで、アメリアとは離れられないと実感した」

「サルジュ様も?」

「ああ。扉の施錠魔法を解除するのに、思っていた以上に時間が掛かってしまった。内部を詳しく調査するには、時間が足りないかもしれない。それでも、アメリアには二、三日で帰ると言ったから、その約束を破りたくない。そう思ったら焦ってしまって、慎重さに欠けていた」

「わたしとの、約束を……」

 もしかしたら自分たちは、ひとりでいたときの方が強かったのかもしれないと思う。

 アメリアは誰に何を言われても、たとえ理不尽に嫌われても毅然としていたし、サルジュもすべて自分ひとりで完結させていた。

 けれど、この温もりを、愛しさを知ってしまったら、もう何も知らなかった頃には戻れない。

(それに、互いを想うことで得られる強さもあるはず。ひとりではできないことも、ふたりなら、きっと…・…)

 それを、証明したい。

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