3-25

「わかった。感謝する。誰ひとり傷つけたりはしないと約束する」

 アレクシスはそう答えると、視線をアメリアに向ける。

 アメリアは無言で頷いてみせた。

 すると、一瞬で景色が変わる。

 今度は、距離が近いせいか魔法を使った気配さえ感じなかった。

 目の前には、今にも朽ち果てそうな大きな建物があった。

 アメリアが以前、この国で感じた魔力と同じものを、この建物から感じる。

(もしかして、あの魔力はこの建物から?)

 アメリアはあらためて、目の前の建物を見つめた。

 魔法のせいか、原型はまだ保っているが、風化して崩れ落ちそうな箇所もある。

 そして予想していたように、建物の外壁には砂岩が使われ、細かな装飾が施されていた。

 だが帝城よりもさらに古いようで、外壁が崩れている箇所もあり、もし古代魔語や魔法陣が組み込まれていたとしても、読み取ることは難しそうだ。

 今度は正面に回って扉を観察してみる。

 アレクシスが試しに扉を動かそうとしてみたが、建物自体は風化しているというのに、びくともしない。

「魔法で攻撃しても、弾かれてしまう」

 もう試したらしく、アレクシスはそう言った。

「この魔法は……」

 扉をよく観察してみると、これはかなり昔に使われていた施錠魔法のようだ。

 王城の図書室に置かれていた、古代魔語に関する本の中に書かれていたことを思い出しながら、アメリアはアレクシスに説明した。

「この扉に掛けられているのは、百数十年前に使われていた魔法です。魔法を掛けるにも解除するにも厳しい条件がいくつかあります。あまりにも手間が掛かることで新しい魔法が開発され、この方法は使われなくなったと聞きました」

 この建物が建てられた当初は、これが一般的な魔法だったのだろうか。

「今の施錠魔法は魔力判定が主で、その設定も容易ですから」

「ああ、そうだな」

 魔法を使った本人だけ。

 本人が指定した者だけ。

 もしくは、魔力を流せば誰でも解除できるなど、色々な種類がある。

 サルジュがよく使う結界も、この魔法の応用だと聞いたことがあった。

「ですが、この扉に使われている施錠魔法はとても古くて、解除にはかなり面倒な手順が必要となります」

 アメリアはアレクシスにそう説明しながら、扉を観察する。

「その手順とは?」

「パスワードが必要となります。そして、そのパスワードは、施錠した建物の外壁に隠さなくてはならないんです」

 パスワードを建物に組み込むことによって、施錠魔法は完成する。

 けれどそれでは、誰でも解除できることになってしまう。

 だからパスワードは、このような紋様に紛れて隠されていることが多い。

 大抵、パスワードに使われているのは古代魔語で、文字数は五つだったはずだ。

 それをよく観察しようとして近付いたアメリアだったが、急激に魔力を奪われる感覚を覚えて、びくりと身体を震わせる。

 急いでその場を離れようとしたが、急に眩暈がして、思わず目を固く閉じる。

「危ない!」

 ふらついたアメリアを、アレクシスが支えてくれた。

「大丈夫か?」

「す、すみません。なぜか魔力が吸い取られたような感覚があって……」

 そう説明すると、アレクシスは警戒したように建物を見つめる。

「この建物が原因か?」

「そうだと思います……」

 アレクシスは、青ざめたアメリアを建物から遠ざけてくれた。

「サルジュが言っていた、魔石が消費してしまう現象と似ているな。この国では魔法を使っても、いつも以上に魔力を消費すると聞いたが」

「はい。ユリウス様もそうおっしゃっていました」

 サルジュだけではなく、ユリウスもそれを確認していた。

 そう伝えると、アレクシスの顔が険しくなる。

「中でもそうだとしたら、サルジュとカイドが心配だ。だがあの建物に近付くと、今度はアメリアが危険になる。どうするべきか。一旦……」

「わたしなら、大丈夫です」

 言葉を遮るようにそう言ったが、アレクシスは聞き入れてくれなかった。

「大切な義妹(いもうと)を危険に晒す気はないよ。アメリア、今いる場所なら大丈夫か?」

 魔力を奪われるような感覚はないかと聞かれて、こくりと頷く。

「はい……。ここなら大丈夫です」

 そう答えると、アレクシスはアメリアをその場に残し、建物に近寄っていく。

 アメリアは、その後ろ姿を見送るしかなかった。

 サルジュが危険かもしれないのだ。

 自分のことなど顧みずに、今すぐに建物を調査したい。

 けれどアレクシスが許してくれないだろう。

 もどかしさを抱えたままのアメリアの足元の地面に、ふいに小さな映像が映し出された。

 手のひらで覆い隠せてしまうほどの小さなものだ。

「え?」

 驚いて、もっとよく見ようとしゃがみこむ。

 先ほど見た、建物の外壁が映っていた。

 魔法陣のような細かな装飾が施された砂岩が、はっきりと見える。

「俺が見ているものを、再現している。ただ、目立つのであまり大きな映像にはできないが」

 アレクシスの声が聞こえた。

 まるですぐ近くにいるような声に、思わず周囲を見渡してしまう。

 だが声は、この映像の中から聞こえているようだ。

 過去ではなく、アレクシスが今見ているものを、ここに再現してくれているのだろうか。

「これなら大丈夫だろう。アメリアの声もこちらに聞こえるから、もし見たい場所があれば指示してくれ」

「はい。ありがとうございます」

 アレクシスの魔法のお陰で、建物に近寄ることなく、じっくりと観察することができる。

 まさかこんな方法があるとは思わなかった。

 調査を続けられることに安堵して、引き続き建物の分析に集中することにした。

 ここに、扉を解除する魔法が隠されているかもしれない。

 アメリアは、何度かアレクシスに建物の周辺を回ってもらう。

 ほとんどはただの装飾だが、巧妙に古代魔語が隠されている。

 これが、扉を解除するために必要な魔法かもしれない。

「先ほどの箇所を、もう一度お願いします。右側です」

 だが建物の外壁は崩れている箇所も多く、断片的にしか残っていない箇所もあり、なかなか難しい。

 それでも残された文字から、予想するしかない。

 アメリアの指示通りに、アレクシスは何度も建物の周辺を回ってくれた。

 そうしているうちに、離れたこの場所でも魔力が消費されていくような、嫌な感覚を覚えた。

 しかも、すでに周囲は暗くなってきたというのに、気温まで上昇してきたような気がする。

(もしかしたら、魔石が異常に消費してしまうのも、帝都を中心に気温が高くなっているのも、この建物が原因なの?)

 暑さと魔力の消費で眩暈がするが、この恐ろしい建物の中にはサルジュがいる。

 そう思うと、どんなに気分が悪くなっても、解析をやめる気にはなれなかった。

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