3-24

 けれど、それから三日が経過しても、サルジュは戻らなかった。

 向こうでの調査が長引いているのかもしれない。

 熱中するサルジュを、カイドだけでは止められなかったのかもしれない。

 そう思ったが、やはり不安は増す。

(だってサルジュ様は、必ず期限までには戻ると約束してくださったもの)

 今日こそは帰っているかもしれない。

 そう思って、学園が終わってすぐに王城に戻ったが、まだサルジュは帰っていなかった。

 ユリウスは明日、帰国するそうだから、帰ったらサルジュが戻らないことに関して、相談してみようと思っていた。

 だがそれよりも先に、アメリアはアレクシスに呼び出された。

 アレクシスは、成長促進魔法を付与した肥料の交渉のために、ジャナキ王国に向かっていたはずだ。

 まだ帰国予定ではないはずのアレクシスが、急に戻ってきたことに不安を覚えながらも、アメリアは彼の元に急ぐ。

 アレクシスは、慌ただしい様子で側近たちに指示を飛ばしていた。

 緊迫した様子に、思わず息を呑む。

「ああ、アメリアか」

 入り口に立ち尽くすアメリアに、アレクシスはすぐに気付いてくれた。

「サルジュがまだ戻らないと聞いて、ベルツ帝国に行ってきた」

 促されて、落ち着かない気分のままソファーに座ると、アレクシスがそう告げる。

 移動魔法で簡単に行くことができるアレクシスは、すでに向こうの様子を見てきたようだ。

 何となく嫌な予感がして、アメリアは両手を握りしめる。

 何か良くないことがあったのだろうか。

「向こうでも、こちらに連絡を取りたくて待っていたようだ。今後は、向こうから連絡する手段も考えるべきだな。カーロイドによると、サルジュは帝都にある古い建物のひとつに入ってから、まだ戻っていないらしい」

「……っ」

 強く握りしめた手が震える。

 サルジュは魔法で施錠されていた扉を解除して中に入ったものの、扉はまた自動的に閉ざされてしまっていた。

 魔導師のいないベルツ帝国では、中の様子を伺うこともできなかったようだ。

「サルジュのことだから、研究に熱中しているのかもしれない。だが、もう中に入ってから三日も経過している。カイドが一緒にいるのだから、一度引き上げるように言うはずだ」

「そう、ですね」

 アメリアと出会う前のサルジュは、一日くらいなら、食事もとらずに研究に集中していることもあったようだ。

 でもさすがに、三日間まったく音沙汰がないのは心配だった。

「サルジュ様は、二、三日で帰ると約束してくださいました。それを忘れてしまうなんて思えません」

 無謀なことしないと、約束してくれた。

 必ず戻ると約束してくれたのだ。

「ああ、俺もそう思う。だからすぐにその建物に向かったが、扉を開くことができなかった。どうやら、ただ魔力を流せば良いというわけではないらしい。ベルツ帝国でも調べてくれたが、わからなかったようだ」

 そこでアレクシスは、アメリアが何か知らないかと思い、呼び出したようだ。

「……」

 アメリアは必死に考えを巡らせた。

 ベルツ帝国にあった、昔の魔導師に関する資料には、アメリアも目を通していた。

 けれど、建物に関する記述はなかったように思う。

 サルジュもベルツ帝国に残された古い建物の話はしていたが、魔力で解除できるはずだと言っていた。

 ならばサルジュは、その場で扉を解除する方法を見つけたのではないか。

(古い建物……)

 アメリアは、ベルツ帝国の帝城を思い出す。

 砂岩に刻まれた細かな装飾。

 あれは、何となく魔法陣のようにも見えると思っていた。

 帝城もかなり古い歴史を持つらしいから、もしかしたらその建物にも、同じような装飾が施されているのかもしれない。

「アレクシス様。わたしをベルツ帝国に連れて行ってください。その建物に、施錠魔法を解除するヒントが記されているかもしれません」

「建物に?」

「はい。以前ベルツ帝国に行ったとき、帝城の城壁の紋様が魔法陣のように見えると思ったことがありました」

「そうか、わかった。」

 アメリアの言葉を受けて、ベルツ帝国から帰ってきたばかりだったが、アレクシスはすぐに行動してくれた。

 ユリウスが帰国するのは明日なので、エストに事情を話し、アメリアを連れてベルツ帝国に向かうと告げる。

「わかりました。ユリウスが帰国しても、待機で良いのですか?」

「ああ、頼む。もし手を貸してほしいと思ったら、連絡する」

 事情を聞いたエストはさすがに心配そうだったが、アレクシスが不在の間に留守を預かり、戻ってきたユリウスとともにここで待機すると約束していた。

「アメリア、すぐに向かっても大丈夫か?」

「はい。かまいません」

 アメリアは即座に頷いた。

 制服のままで、資料も図書室に置いたままだが、それでもサルジュの身が心配で、一刻も早くベルツ帝国に向かいたかった。

「わかった。では移動する」

 アレクシスの傍に寄ると、すぐに移動魔法が発動して、ベルツ帝国に到着した。

(速い……)

 彼の魔力が高いことは知っていたが、魔法の速度が桁違いだ。

 移動したことも気が付かないほどの速度で、気が付けばもうベルツ帝国に到着していた。

 しかも移動した先は、アメリアたちが最初に来たときのような建物の中ではなく、ベルツ帝国の帝城の前である。

 魔法陣の助けがなくとも、ここまで直接移動することができるのだ。

「一応、カーロイドに許可を取ってから、すぐに移動しよう。できれば暗くなる前に、建物の周辺を調べたい」

「はい、わかりました」

 ベルツ帝国は、陽が落ちるのがビーダイド王国よりもずっと遅い。それでも建物をくまなく調べるには時間が掛かるだろう。

 魔法で明かりを灯すこともできるが、魔法のないこの国では目立ちすぎる。

 でも明日の朝まで待つには、サルジュのことが心配だった。

 アレクシスは慣れた様子で警備兵に声を掛け、帝城の中を進んでいく。

 それはビーダイド王国の王太子としてではなく、親しい友人を訪ねてきたような態度だった。だからこそベルツ帝国側でもそれほど警戒せずに、アレクシスを皇帝の元に案内している。

「カーロイド。アメリアを連れてきた。サルジュの婚約者だ。古代魔法については、俺よりも詳しい。すぐに調査に向かおうと思う」

 部屋に入るなりそう言ったアレクシスに、カーロイドも慣れた様子で頷いた。

「わかった。だが、充分に気を付けてほしい。あの建物に何が隠されているのか、私もまったく知らない。ただ古いだけで、危険はないと思っていたのだが……」

 カーロイドの態度も、アメリアたちと接していたときとはまったく違う。

 対等に話す彼らの間には、友情めいた繋がりがあるのかもしれない。

 互いの立場的にも、親しい友人のような関係にはなれないだろうが、それでもカーロイドの孤独を垣間見てしまったアメリアは、彼が気安く言葉を交わす相手がいてよかったと思う。

 アメリアを紹介されたカーロイドは、穏やかな顔で頷いた。

「彼女のことなら知っている。襲撃された私を魔法で癒してくれた。あのときのことには、心から感謝している」

 そう告げたカーロイドの瞳は冷静で、アメリアもほっとする。

「命の恩人であるあなたの大切な人を、危険な場所に向かわせてしまった。本当に申し訳ない」

 カーロイドはそう謝罪してくれたが、魔力のない人間ではどうすることもできなかっただろう。

 アレクシスも、少し表情を改める。

「サルジュは俺よりもずっと慎重で、無謀なことはしないはずだ。それがこんな事態になっているくらいだ。何か予測不可能なことが起こったのだろう。すまないが、すぐに移動する。建物を調べても良いだろうか」

「ああ。もともとあの一体の建物は老朽化がひどく、できるならば解体しようと思っていたくらいだ。帝都の民に被害が及ばないのであれば、建物自体は好きにしてかまわない」

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