2-24
目の前に見慣れた景色が広がって、アメリアはほっと息を吐く。
かなりの距離を移動したと思うが、何度も移動魔法を経験して慣れていたので、そう気分が悪くなることもなかった。一瞬でビーダイド王国の王城に辿り着いたことに感動すらする。
ここはビーダイド王国の王城の、大広間のようだ。
そこには国王陛下と王妃陛下。そしてひとり残っていたエストが待っていて、消息不明になっていたサルジュとアメリアが無事に戻ったことを喜んでくれた。
「申し訳ございません。わたしが軽率だったせいで……」
アメリアは、自分がサルジュを巻き込んでしまったことを詫びた。
「そんなことはないわ。婚約者を守るのは当然のことよ」
けれど王妃はそう言って、むしろアメリアを守ったサルジュに満足そうだった。
ジャナキ王国から留学してきたクロエ王女は、これまでの経緯もあってかなり萎縮していた。けれど国王陛下も王妃陛下も、そして婚約者になるはずだったエストも優しく声を掛けていた。
この王城から学園に通うことを提案されていたが、クロエは最初から寮に入ると決めていたようだ。
エストの婚約者であったことやジャナキ王国の王女であることも伏せて、ひとりの学生として魔法を学びたいと言った彼女の顔はとても真剣で、きっとこの姿が本来の彼女なのだろう。
クロエ王女はアメリアと同い年だったが、基礎から学びたいとのことで、一年生に編入することになったようだ。
さすがにひとりで通わせるわけにはいかないと、同じ学園寮で生活しているカイドの妹のミィーナが世話係として選ばれたようだ。
ミィーナは世話好きで、とても優しい子だ。レニア領地を継いでくれる従弟の婚約者という縁がある。
彼女ならばクロエを上手くサポートしてくれるだろう。
アロイスはこの大広間ではなく、そのまま地下にある隔離された部屋に連れて行かれたようだ。そこで引き続き、取り調べを受けるらしい。
今までの経緯はアレクシスから説明するということで、アメリア達はその場で解散することになった。
「今日はもう呼び出されることはないと思うから、ゆっくりと休んでね。夕食も部屋に運ばせるわ」
「ありがとうございます」
そう言って部屋まで送り届けてくれたソフィアに礼を言って、別れる。
侍女の手伝いを断って着替えをすませると、まだ日は高かったが、そのままベッドに潜り込んだ。
ほっと息をつく。
(色んなことがあったなぁ……)
今までのことを、ひとつひとつ思い出す。
初めての公務に、クロエ王女との関係に悩んだこと。
彼女が恋人と駆け落ちしようとしていることを知って、阻止しようと動いたこと。
さらにクロエの恋人は魔法のようなもので彼女を操っていて、そのアロイスに連れ去られそうになったこと。
アメリアは、肌身離さず身に付けている、サルジュからもらった指輪を見つめた。
(サルジュ様が助けてくれて……。砂漠に飛ばされてしまったけれど、色々な体験をしたわ)
サルジュの魔法の凄さも、あらためて実感することができた。
アメリア自身も、今後の課題や、これからやらなくてはならないことが明確になった。
(サルジュ様の、成長促進魔法を付与した肥料の開発と、雨を降らせる魔導具の開発と……)
ベルツ帝国との関係によっては、魔道具は必要ないものになる可能性がある。
アロイスの件を別にしても、ベルツ帝国にこちらに歩み寄る意思は見られないからだ。
先々代の皇帝はアロイスの祖母である王女を浚い、今の皇帝は幼い頃のサルジュを誘拐しようとした過去がある。
そんな帝国が、素直にこちらに助けを求めるとは思えない。
でもサルジュの魔導具は素晴らしいものだ。
ベルツ帝国に住まう人達にも、優しくて親切な人がたくさんいた。
いつか彼らのために役立つことを祈って、魔道具の開発は続けていくだろう。
ジャナキ王国から持ち帰ったデータもたくさんある。
それも整理して、わかりやすくまとめなくてはならない。
(でも、今日は疲れてしまったから……)
サルジュに無理をするなとあれだけ言っておいて、自分がするわけにはいかない。アメリアはそのまま目を閉じる。
途中で侍女が夕食を持ってきてくれて、それを食べたあとにゆっくりと入浴した。それから再びベッドに潜り込み、今度は翌朝までぐっすりと眠っていた。
朝になると疲労もすっかりと消え、さわやかな気分で目覚めることができた。
身支度を手伝ってくれた侍女に朝食はどうするか聞かれ、少し考えたあとに食堂に行くと答える。
そこには、ソフィアとユリウス、エストがいた。
アレクシスは昨日からずっと忙しいようだ。サルジュはどうしたのかと思っていると、少し遅れて彼もやってきた。顔色も良さそうで、研究に没頭してまた徹夜をしたのではないかと心配していたアメリアは、ほっとした。
「昨日はゆっくりと休めた?」
ソフィアがそう気遣ってくれた。
「はい。昨日はほとんど眠っていました。お蔭ですっかり回復したようです」
「それはよかったわ。ユリウスもサルジュも大丈夫?」
ふたりも揃って頷いた。
「アレクシス様は大丈夫でしょうか?」
この場にいない彼のことを案じると、エストが心配いらないと笑って答えてくれた。
「アレク兄上のことは心配いらないよ。あの人は丈夫だし、光の加護も強い。むしろ周囲の人達を気遣った方が良さそうだね」
アレクシスと同じように動いていたらきっと身体が持たないと、エストは気の毒そうに言う。
学園は、しばらく休んでも良いらしい。
学園寮で暮らすことになったクロエ王女のことが少し心配だったが、向こうは一年生の普通学級で、アメリアとは学園内で会うことはほとんどないだろう。
カイドの妹のミィーナと、従姉妹のソルに任せておけばきっと大丈夫だ。
朝食後、サルジュはさっそく図書室に籠ってしまった。
アメリアも彼を手伝うつもりだったが、思い直して自分の部屋に戻る。
ミィーナとソルに、クロエのことを頼むと手紙を書き、クロエにも、何か困ったことがあったら何でも相談してほしいと書き記した。
その手紙を、学園寮で暮らしている彼女達に渡してほしいと侍女に託して、それから図書室に向かう。
サルジュはアメリアにすぐ気が付いて、手を止めて顔を上げた。
「アメリア、ちょうどよかった。魔導具に付与する水魔法のことだが……」
雨を降らせる魔導具について、さっそく研究を進めているらしい。
「色々と実験してみたが、やはり魔導具の核には宝石を使った方が良いようだ。水属性の魔法を付与するには、どの宝石が最適なのか知りたい」
「はい。色々と試してみますか?」
「ああ、頼む」
それから一日掛けて、いくつもの宝石に魔法を付与してみる。どうやらアクアマリンが一番良さそうだという結果が出た。
明日もまた手伝うことを約束して自分の部屋に戻ると、クロエから返信が届いていた。そこには、迷惑を掛けてしまったことを改めて謝罪する言葉と、気に掛けてくれたことに対する礼が書かれていた。
今度ミィーナとマリーエも交えて、お茶会でも開いてみたいと思う。
その後、アロイスの話はあまりアメリアの耳には入ってこなかったが、聞き取り調査と王家の人間だけでの話し合いは続いているようだ。
彼のやったことは許されないことではあるが、その不幸な生い立ちを知ってしまうと、彼にも救いがあるようにと願ってしまう。
ベルツ帝国との関係も、このまま平行線が続くかと思っていた。
だが、どうやら急展開を迎えたようだ。
病に伏していた皇帝がとうとう回復することもなく亡くなってしまい、新しい皇帝が即位した。
まだ若い皇帝は帝国全土を悩ませている食糧事情を何とかしたいと強く思っているらしく、軍の縮小化と他国との交流を図ろうとしている。
アロイスの件も把握したようで、被害に合ったジャナキ王国とビーダイド王国にも、謝罪がしたいと申し出てきたようだ。
「さっそく兄上がジャナキ王国に赴いて、向こうと相談しながらベルツ帝国との話し合いの場を設けようとしている」
サルジュはそう説明してくれた。
「……何だか一気に事が動きましたね」
あまりにも状況が進みすぎて、アメリアは少し戸惑っていた。
ベルツ帝国とは長期にわたる因縁があった。それがまさか、代替わりした途端に解決に向かうなんて思ってもみなかった。
その代替わりさえ、まだ先のことだと思っていたのに。
「ベルツ帝国も含めて、この大陸はもう人間同士で争っている場合ではないのだろう」
サルジュは静かにそう言った。
冷害が厳しいこちら側と、砂漠化に悩まされている向こう側。
どちらも年々、状況は厳しくなっている。
そしてサルジュは国という枠には囚われずに、多くの人を救いたいと願っているのだろう。
なればアメリアも、その心に寄り添うだけだ。
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