2-23

  アメリアはベッドに腰を下ろして、ぼんやりと考え込んでいた。机の上に置かれているのは、ジャナキ王国の王女、クロエからの返信だ。

 アロイスに対する取り調べの結果、彼女は完全に被害者だとわかったので、謹慎が解けたらしい。クロエの意識は完全にアロイスの支配下に置かれていて、恋心でさえ彼女のものではなかったと判明したからだ。

 ビーダイド王国から駆け付けたアレクシスによって洗脳を解かれたクロエは、もうアロイスへの恋心を口にすることはなかった。

 むしろ怖いと怯えている様子だ。

 亡くなったお姉様に申し訳ないと、託された約束を果たせなかったと泣く彼女に、ソフィアやマリーエも同情的だった。

「魔力が弱くて洗脳されてしまったのなら、かえってビーダイド王国にいた方が安全だと思うの。もし何かあっても、アレクシス達がすぐに異変に気が付くだろうから」

 ソフィアがそう言っていたように、婚約は一旦白紙に戻すが、魔法学園への留学はそのまま実施することになったようだ。彼女は予定通り留学生として、ビーダイド王国に行くことが決まっていた。

 クロエからの返信には迷惑を掛けてしまった謝罪と、これから真面目に魔法の勉強に励みたいということが丁寧に書かれていた。

 きっと彼女はもう大丈夫だ。

 そうして、すべての元凶だったアロイス。

 昨日、アレクシスは身内だけを集めて、調査した内容を話してくれた。

 同席したのは、彼の妻であるソフィアとユリウス。

 そしてサルジュとアメリアだけだ。

 マリーエはユリウスの婚約者ではあるが、王家に嫁ぐわけではない。なるべく彼女には重荷を背負わせたくないというユリウスの希望で、マリーエは同席していなかった。

 目が覚めたアロイスは、周囲の人間を操って逃げようとしたらしい。

 けれど彼の周囲を固めていたのはジャナキ王国の兵士ではなく、ビーダイド王国から派遣された魔導師達だ。彼らは全員貴族出身で、アロイスよりも強い魔力を持っていたため、通用しなかった。

 逃げられないとわかると、アロイスは急に大人しくなり、静かに過ごしているという。念のため、今は彼に魔封じの腕輪をつけている。

「色々と話を聞いてみたが、要領を得ない話ばかりでね。最初にクロエ王女の話を聞いたときと同じだ」

「……まさか、彼にも洗脳魔法が?」

 ユリウスが眉を顰めてそう言ったが、アレクシスは首を振る。

「ベルツ帝国に、そう何人も魔導師はいない。魔法ではないだろう。だが、それが事実だと思い込まされ、疑うことなくそう信じていたのなら、それも洗脳と言うのかもしれない」

「それは……」

 アロイスもまた、誰かに騙されている被害者なのか。

 そう考えると複雑な心境になる。

 それは他の皆も同じだったらしく、ユリウスもソフィアも、何とも言えない表情で互いの顔を見合わせている。

「兄上、それは具体的にはどういうことでしょうか」

 ユリウスが尋ねると、アレクシスは視線をサルジュに向けた。

 彼はアレクシスの言葉にもまったく動揺することなく、淡々としていた。

「サルジュ、何か知っているのか?」

 アロイスは、攫われた王女の血を引いているのではないか。サルジュがそう言ったところ、彼は逆上したのだ。

 アレクシスの問いに、サルジュは静かに頷いた。

「過去を、視た。そして、それは彼が真実だと思っていることと、まったく違っていた」

 そう言ってサルジュは、自分が見た過去を話し始めた。

 今から五十五年前のこと。

 攫われた王女は、王宮に幽閉されていた。

 ベルツ帝国の皇帝の狙いは、光属性の子どもを持つことである。

本来なら直系の王族でないと引き継がれないものだが、ごくまれに王太子の子ども以外にも、光属性の子どもが生まれたことがあった。

 そんな僅かな可能性にかけて、皇帝は攫ってきた王女を自分の妻にするつもりだったようだ。

 けれど王宮に勤める騎士は、攫われてきた王女を哀れに思い、彼女を王宮から逃がした。か弱く頼りない王女の逃亡を手伝って一緒に逃げているうちに恋仲になり、逃亡生活中に、ふたりの間には娘が生まれていた。

 だが皇帝も王女を諦めず、執拗に追っていた。

 追い詰められた王女は、最後の手段として移動魔法で山脈を越えようとする。

「王女の魔力は、王家の者にしては弱いと言われていた。まして、複数の人間を移動させるのは魔力を消費する。彼女は失敗してしまった。娘を、向こう側に置き去りにしてしまったんだ」

 サルジュの語った過去の話に、アメリアは息を呑む。

 王女は娘を取り戻そうと必死になったが、父である国王は、ベルツ帝国出身である夫も存在すら認めてくれない。娘を取り戻すために協力してくれることもなかった。

 そのうち娘は追っ手に連れ去られ、皇帝の娘として王宮で育てられていることが判明する。

「ベルツ帝国の皇帝はその子どもを自分の娘として育て、母親は娘を捨てて男と逃げたのだと、そう教えたようだ」

 娘は自分を捨てた母親を憎んでいた。

 光魔法どころか普通の魔法さえも使えなかった娘を、皇帝もそのうち疎ましく思い、冷遇したようだ。

 その娘の子どもが、アロイスである。

 娘は我が子に母親に対する憎しみ、父親に対する恨みを訴え続けた。やがてその娘は病で亡くなってしまい、恨みの中で育ったアロイスが残される。

 彼は母の無念を晴らそうと、ベルツ帝国の乗っ取りと、ビーダイド王国に対する復讐を志したのだ。

「アロイスにとってビーダイド王国出身の祖母は、自分の母親を捨てて男と逃げた非道な人であり、母親の不幸の元凶。そう思い込んでいるのか」

 確認するアレクシスの言葉に、サルジュは頷いた。

 母親と同じように魔法の才能は引き継がれなかったが、それでも僅かな魔力を受け継いだアロイスは、周囲を洗脳して皇帝の親族ではなく皇弟に成りすました。そうして、乾いた大地に実りを取り戻すことで功績を上げて皇帝になり、祖母が逃げ込んだという大陸の向こう側に攻め込もうとしたのだろう。

 だが、アロイスの本当の父は王女を連れて逃げた騎士であり、ベルツ帝国の皇族の血は引いていない。

 彼が受け継いでいるのは、ビーダイド王国の王族の血だけ。

 サルジュはアロイスにそう伝えたのだ。

 復讐を誓った相手から、ずっと信じていたことと異なる真実を伝えられて、アロイスは困惑し、嘘に違いないと逆上したのだろう。

「しかし、それほど過去のことも再現魔法で視ることができるのか?」

 ユリウスの問いに、サルジュは頷いた。

「強い想いは、長い年月が経過しても残っていることが多い。実際にあの町に行ったこともあり、それを視ることは、それほど難しくはない」

 アロイスが兵器を集めていたあの町で、王女は娘を置き去りにしてしまったのだろう。娘に対する罪悪感や絶望が、五十五年もの歳月を得ても残っているというのか。

「それを再現魔法で見せても、彼は信じないだろうな。長年信じてきたことを覆すのは、簡単なことではない」

 アレクシスはそう言って、険しい表情をする。

 ビーダイド王国の王子達は兄弟仲がとても良く、結束が固い。アロイスのことも、身内だと思うと放っておけないのかもしれない。

 けれど彼がサルジュに危害を加えていることが、気に掛かっている様子だ。

「どちらにしろ、アロイスもビーダイド王国に連れて行く。ベルツ帝国の対策やジャナキ王国への対応は父上と俺に任せておけ」

 アレクシスの言葉に、ユリウスとサルジュは頷いていた。

 国同士のことは、国王と王太子であるアレクシスの領分だ。

 そうして、その場は解散となった。

 ジャナキ王国としても、被害に合ったのは王女であるが、魔導師が少ないことから考えても、ビーダイド王国に引き取ってもらうのが一番だと結論を出したようだ。

「許可を得たので魔法で移動する。三人もいれば、全員で移動できるだろう」

 他国で魔法を使うことは禁止されているが、両国の許可が下りれば可能である。今回はアロイスのこともあり、長距離の移動は危険だと判断されたようだ。

 こうしてアレクシスとユリウス。そしてサルジュの三人で移動魔法を使い、一行はすぐにビーダイド王国に帰還することができた。

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