外伝2 カリア子爵令嬢セイラの後悔 中編

 リースの正式な婚約者は、レニア伯爵家のアメリアという女性である。だからあまり堂々としていたら、すぐに自分達が非難される側になってしまう。

 セイラはその辺りを慎重に見極めて、リースとの愛を深めていった。

 同じクラスに、セイラを平民の女の子どもだと蔑む者がいた。

 男爵家の娘らしいが、見た目も魔力も底辺に部類するような女だ。

 そんな女の言うことなどまったく気にしていなかったが、セイラは彼女を巧みに利用して、人前でリースに何度か庇ってもらった。

 助けてくれたリースに惹かれていく。でも彼には婚約者がいる。だから思いを胸に秘めて、ただ遠くから見つめるだけ。ときどきひとりで涙ぐんでいたりすれば、お節介な友人達が慰めてくれる。

 そしてリースは、少しずつ婚約者に対する不満を友人に打ち明けていた。

 実際にアメリアに会ったことがある者は、今の学園には誰もいない。だから彼の言葉を信じて、金で買った婚約者に傲慢にふるまう令嬢だと思い込んでくれたようだ。

「婚約者がいることはわかっているわ。でも、リースが好き。胸が苦しいくらいなの……」

「僕もセイラを愛している。自分の心に嘘をつきたくはない。……レニア伯爵家には、こちらから婚約の解消を申し出るよ」

「ごめんなさい。私のせいで、あなたの未来が……」

「僕の未来は、君とともにある」

 校舎の片隅でそう囁き合う。もちろん周囲に人はいないが、ここが渡り廊下からよく見える場所だということは承知している。

 どんなに真摯に謝罪しても婚約解消を承知してくれないアメリアの存在に、リースもセイラも苦しめられている。そんな姿を学園中に広めていくためだ。

 体面を重んじる高位貴族の者ならば、婚約者のいる者に恋をしたセイラが悪いと思うだろう。

 だが貴族の数は下位貴族の方がずっと多い。そして彼女達は、恋愛小説でよく描かれてる「真実の愛」にとても弱いのだ。

 誰ひとり彼女と会ったことはないのに、アメリアは「真実の愛」を邪魔する「悪役」として忌み嫌われていく。それは時間をかけてゆっくりと浸透していった。来年の春になって彼女が入学してきても、もうこの噂を覆すことはできないだろう。

 リースは初めて彼女の優位に立てたことに、とても興奮しているようだ。セイラの計画は素晴らしいと何度も口にしてくれた。セイラもまた、やはり母の教えは正しいと実感する。このまま上手くいくはずだった。

 だが、予想外のことが起こった。

 新年度になってすぐに新入生歓迎パーティがあったが、リースは婚約者の連絡を無視し、ドレスも贈らなかった。

 広まった悪評のせいで友人もいないだろう。ひとりで寂しく参加する姿が見たいと、セイラはこっそりと会場を眺めていた。

 アメリアは、あのサルジュにエスコートされていた。

 セイラも憧れていた彼に手を取られ、少し緊張した面持ちで歩いている。さすがにドレスを用意する暇はなかったようで、古い型のみっともないドレスだった。それでもあのサルジュにエスコートされているというだけで、他の誰よりも目立っている。

(どうしてあんな女が。悔しい……絶対に許せない……)

 しかもリースは魔法や領地のデータにしか興味のないつまらない女だと言っていたのに、実際のアメリアは、艶やかな黒髪と透き通るような青い瞳をしたとても可愛らしい女性だった。

 しかも魔力はそれなりに高く、Aクラスに所属している。

 これでは義姉やクラスメイトのように、容姿や魔力の強さで貶めることができないだろう。

 それがセイラの不安を煽り立てた。

 彼女をもっと追い詰めて、できれば騒ぎを起こして退学になってしまえばいい。そうすればどんなに高度な知識を持っていても、魔法が使えなくなる。実質レニア伯爵家を継ぐのはリースだから、彼女が魔法を使えなくても問題はない。王立魔法学園を退学になったような娘と結婚してくれるのだから、リースがセイラを連れて行っても向こう側は文句など言えるはずがない。

 完璧な計画だと思っていた。

(それなのに……)

 いつのまにかアメリアの傍にはサルジュだけではなく、第三王子のユリウスまでいる。

 セイラはときとぎ、その様子を物陰からじっと見ていた。

 アメリアを見つめるサルジュの瞳に、かつてセイラが渇望していたような熱が宿っていく様子を見て、叫びだしたくなるほどの嫉妬を覚えた。

(あんな女。私とリースの未来のために、犠牲になるはずの女なのよ。それなのに、どうして)

 カリア子爵夫人のように、夫からの愛を得られずにその地位に縋るだけの無様な存在になるはずだった。それなのに、目の前のアメリアは至高の存在である王族に、とても大切にされている。

 信頼関係を深めていくアメリアとサルジュの様子を苦い思いで見つめていたのは、リースもまた同じだった。

 だが彼が恨みの視線を向けているのは、セイラとは違って婚約者のアメリアではない。その彼女と一緒にいることが多くなったサルジュだった。

 リースはきっと自分が、サルジュの身代わりとして騒がれていたことをよく知っていたのだろう。

 さらに自分の優秀な婚約者が、サルジュを信頼と尊敬の眼差しで見つめている。それがますますリースの劣等感を刺激してしまったのかもしれない。

 リースのその様子を見たとき、セイラは嫌な予感がした。

 この国で、王族は絶対の存在である。アメリアはともかく、サルジュにまで敵意を向けるのは危険ではないか。

 今思えばアメリアに王族ふたりが味方してしまった時点で、セイラは手を引くべきだったのだ。

 それができずに、リースに急かされるまま計画を実行し続けて、すべてが破綻してしまう。

 王族だけが使えるという「再現魔法」が、リースとセイラの計画をすべて暴いた。

(退学になるのは私達なの? そんな……)

 そこまで悪いことをしたとは思っていなかった。セイラはただ、リースと幸せになりたかっただけだ。何とか取り繕えないかと思ったが、逆上したリースがサルジュに詰め寄ったところを見て、もう無理だと悟る。

「ただ私達は、真実の愛に目覚めただけなのに……」

 セイラはそう呟いて、その場に座り込んだ。


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