外伝2 カリア子爵令嬢セイラの後悔 前編
セイラは、カリア子爵家の次女として生まれた。
三歳上の兄と一歳上の姉とは母親が違う。セイラの母は平民で、花屋で働いていたところを父に見初められ、セイラを身ごもったらしい。
父は母を愛していたようで、もし生まれた娘が魔力を持たなかったとしても、ひそかに援助を続けていたかもしれない。
けれどセイラには水魔法の素質があった。しかもセイラの魔力は義兄には及ばないものの、義姉よりもずっと強かった。
魔力を持って生まれたのだから、貴族として生きるのは当然のこと。
父はそう言って、義母と義兄姉達の戸惑いなどまったく顧みずにセイラとその母を屋敷に迎え入れた。
父の言う通り、たとえ半分しか貴族の血を引いていなくとも、魔力のある者は王立魔法学校に通う義務がある。それは、王都に通えない者達のために学園寮が設けられ、身体的な理由で学園に通えない場合は専任の教師を派遣するほど徹底したものだ。この学園を卒業しなければ魔法を使うことはできず、貴族として認められない。
だがセイラのような平民の母を持つ者でも魔力を持って生まれ、学園を卒業さえすれば貴族として生きることができるのだ。
今まで愛人の存在など知らなかったカリア子爵夫人は、当然のようにセイラと母を嫌った。最初は屋敷で働く使用人達も、主に従ってセイラ達を冷遇していた。
それでも母は、愛されていないのに妻の座にしがみつく女。実家の権力を使って夫を縛り付ける強欲な女だと、夫人を嘲笑っていた。さらに自分達を冷遇した使用人の名をすぐに告げ、怒った父はその者達を解雇した。
父を恐れた使用人達は、次第にこちらの味方になっていく。
「大切なのは愛されることよ。愛を得られない女なんて、哀れなだけ。立場など関係ないわ。私達の愛は真実なのよ」
父に贈られたドレスや宝石で身を飾り、そう言って笑った母はとても美しい。いつも地味な恰好をして暗い顔をしている夫人の方が不幸で、哀れだ。
セイラも物心ついた頃からずっとそう思っていた。
後継者の義兄はともかく、地味で可愛げのない一歳年上の義姉も、子爵夫人と同じように誰にも愛されずに生きるしかないのだろう。
だから父もそんな義姉を哀れに思い、早々に婚約者を決めていた。その婚約者は隣の領地の嫡男で、義姉とは幼馴染らしい。
対面したことがあるが、地味で魔力も弱く、何の取り柄もなさそうな男だった。
そんな凡庸な男にしか相手にされない義姉は、とてもかわいそうだ。
そう伝えると義姉はなぜか怒り出し、涙を流しながらセイラの頬を打った。
すぐに父に告げ口をすると、妹に暴力を振るうとは何事だと、父にそれ以上の強さで叩かれていたので、それで許してあげることにした。
いつまでも母と自分のことを恨み続ける子爵夫人とは違い、セイラは寛容だ。
こうして屋敷のことや領地の内政は正妻である子爵夫人が。外交やパーティなど、華やかな場は美しい母が担当するようになった。
適所適材であると、父も満足そうだった。
こうしてセイラも十六歳になり、王都にある学園に通う年になった。
父が所有している領地はこの国の南側にある。通える距離ではないので義姉のように学園寮に入らなくてはならないだろう。
母が平民であるセイラが肩身の狭い思いをしないように、父はドレスを何着も新調し、必要な家具も新しいものを揃えてくれた。
だが義姉のときとは違い、セイラの婚約者を決めたりしなかった。
「お父様は、あなたには私のように愛する人と結ばれてほしいと願っているのよ。きっと学園で素敵な人と出会えるわ」
いつも通り美しく着飾った母に見送られ、セイラは王都に向かった。
同じ学年に王族がいることは知っていた。
この国には四人の王子がいて、四人とも貴重な光属性を持っている。それぞれ趣は違うが見目麗しく、特にセイラと同じ学年になる第四王子サルジュは、類まれな容貌と魔法の才能で有名だった。
セイラも初めて彼と対面したときは、思わず息を呑んだくらいだ。
だが、一見穏やかで優しそうな雰囲気であるが、サルジュの情熱はすべて魔法と研究に向けられていて、その瞳は誰も映していない。クラスメイトどころか、ずっと傍にいる護衛でさえ認識していないのではないだろうか。
そんな人が、もし自分だけを見つめてくれたら。
そう思うだけで夢心地になってしまうが、さすがにこちらから王族に声をかけるわけにはいかない。母親が平民とはいえ、生まれてすぐに貴族の父に引き取られたセイラは、王族だけが持つ光魔法がどれだけ貴重なものなのか知っている。サルジュの傍には常に護衛がいて、近付くことすら許されない。
せめて同じクラスになれたらと思ったが、クラス分けは入試テストの成績順らしく、セイラはCクラスだった。
サルジュは当然、Aクラスだ。
本来なら他のクラスに行くことはないが、幸運なことにAクラスに父の友人の娘がいた。セイラは彼女に会うために、頻繁にAクラスに通っていた。
だが同じことを考えていた者は多かった。休み時間になると人が溢れる状況に、ひとりの女子生徒が告げ口をしたらしい。教師から用事がなければ他のクラスに顔を出さないように言われてしまう。
それでもセイラはちゃんと用事があるのだからと、頻繁にAクラスに顔を出していた。
そこでリースと出会った。
彼は入学当時から、他のクラスの女子生徒にも騒がれる存在だった。
背はそれほど高くはないが、金色の髪に緑色の瞳をしていて、なかなか整った顔立ちだ。さらに、珍しい土属性の魔導師だったのだ。
セイラもリースに惹かれた。
最初は彼自身にというよりは、憧れの存在であったサルジュとの共通点があったからだ。
もちろん顔立ちや知識は比べ物にならないが、同じくらいの身長に、同じ金色の髪と緑色の瞳。さらにサルジュは光属性を持っていたが、土魔法を専門にしている。
しかもリースはサーマ侯爵家の子息だ。
サルジュには到底手が届かないが、リースであれば。
そう思って近付いたが、知れば知るほど彼は理想の人だった。
リースには婚約者がいたが、相手のことをあまり良く思っていなかった。
優秀な彼女に劣等感を抱いているようだ。それは本人の知らない間に随分積み重なっていたようで、一度口にすると、次々に彼女に対する不満が出てきた。
セイラは彼の恨み言を共感しながら聞き、それは彼女が悪い、もう少しリースに気を使うべきだと憤ってみせる。
彼の婚約者はレニア伯爵家のひとり娘らしい。
広大な農地を持つレニア伯爵家では、土魔法の魔導師を家に取り込みたくて必死のようだ。そのために支援金と称して、多額の金をサーマ侯爵家に支払ったらしい。
最初に聞いたときは、あまりにも大きな金額に驚いた。だがそれは、そのままリースの価値でもある。セイラはまず感心したあとに、お金であなたを買うなんて、と悲しげに呟いた。
レニア伯爵家はとても裕福のようだ。それに、リースの持つ土魔法を切望している。彼を迎え入れるためなら、たとえセイラという愛人がいようと迎え入れてくれるはずだ。
(お父様とお母様みたいな関係が、私の理想だわ)
学園で素敵な人と出会える。そう言っていた母の言葉は正しかった。
こんなにも理想にぴったりの人がいるとは思わなかった。
領地の経営など難しいことは、その婚約者に任せてしまえばいい。セイラは母のようにリースに寄り添い、彼を癒すことが仕事だ。
彼の話によると彼の婚約者はアメリアという名で、一歳年下らしい。
来年になれば学園に、彼女は入学してくる。その前にふたりの愛を真実のものにしなくてはならない。
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