2-27
楽しい週末を過ごし、アメリアは王城に戻ってきた。
「おかえりなさい。楽しかったようね?」
ソフィアが出迎えてくれる。
「はい、とても楽しかったです」
笑顔でそう答えて、そのまま王城内の図書室に向かった。
まだ早い時間だったが、予想通り、そこにはサルジュの姿があった。アメリアが入ってきたことにも気が付かない様子で、かなり集中しているようだ。
周囲に散らばった紙には魔導具の構造が何度も書き直されていて、一晩中ここにいたのは間違いない。
「サルジュ様」
そっと声を掛けると、サルジュは顔を上げ、アメリアを見つけて嬉しそうに微笑む。
「アメリア、戻っていたのか」
差し伸べられた手を取り、導かれるままサルジュの隣に座る。
「はい、ただいま戻りました。楽しい週末を過ごさせていただきました。ありがとうございます」
そう礼を述べる。
「楽しかったようで、何よりだ」
「サルジュ様は、きちんと休まれましたか?」
「……アメリアが戻ってきたということは、もう朝なんだろうね」
アメリアは、少し気まずそうにそう言ったサルジュの手を引いた。
「無理はしないと約束してくださったはずです。少し、休んでください」
「しかし、今日から学園に通う予定だったと思うが」
たしかに、しばらく休んでいた学園に今日から通うはずだった。それでも、徹夜明けのサルジュを無理に連れて行けとは、誰も言わないだろう。
「学園は明日からにしましょう」
サルジュの手を引いて、強引に図書室から連れ出す。
彼は少し困ったような顔をしていたが、アメリアに逆らうことはなかった。そのままサルジュの部屋まで行き、寝室に連れて行く。
「きちんと休んでくださいね」
そう言ってサルジュを休ませたあと、自分は学園に行かなければと、身支度を整えて朝食に向かった。
先にアレクシスとユリウスがいて、挨拶をする。
「サルジュはどうしている?」
「ずっと図書室に籠っていたようだったので、休んでいただきました」
そう言うと、アレクシスもユリウスもほっとしたようだ。
「いくら休めと言っても、まったく聞いてくれなかったから助かった」
「最近はましになってきたと思っていたのに、アメリアがいないと元通りか」
溜息をつくふたりに、アメリアは謝罪した。
「申し訳ございません。わたしがサルジュ様のお傍を離れてしまったから」
「アメリアが気にする必要はないよ。。ただ、こちらから無理を言ってしまった手前、なかなか強く注意できなくてね」
心配そうに言うアレクシスに、これからは自分が傍にいるから大丈夫だと、アメリアは告げる。
「わたしにできることは少ないですが、全力でサルジュ様のお手伝いをさせていただきます」
「アメリアが付いていてくれると安心だ。すまないが、よろしく頼む」
アレクシスの言葉に頷き、アメリアはひとりで学園に向かうことにした。
サルジュは一度眠ってしまうとなかなか起きないので、戻るまでは眠っていることだろう。登校する前に図書室に残された資料を簡単に整理して、サルジュが求めるものが何なのか、把握しておく。
(宝石の魔法保存量の計測……。これは、魔導具の大きさに関係することね)
魔導具に使用する宝石はアクアマリンに決まったが、その宝石にどれくらいの魔法を付与することができるのか、これから調査することになっている。もし思ったより少ないのであれば、他の宝石も検討する必要がありそうだ。
アメリアはひとりで学園に向かい、そのまま研究所に顔だけ出して、すぐに学園の図書室に向かう。もちろん、護衛のリリアーネは傍にいる。
調べるのは、宝石について。
各宝石のデータを集めてみたが、その内容は分析結果ばかり。宝石に魔法を付与してみた記録などなかった。
(どうしよう……。でも高価な宝石を実験に使うのも……)
ユリウスなどに言えば、必要経費だと言って用意してくれるだろう。
けれど宝石に壊す前提で魔法を付与するのは抵抗があるし、できれば何度も実験して平均値のデータが欲しい。
どうしたらいいか考えていたアメリアは、ふと砂漠で過ごした日々を思い出す。
(宝石を一通り用意してもらって、サルジュ様の再現魔法で修復して貰えば、思いきり実験ができるのでは?)
もちろんサルジュの負担になるようなら諦めなくてはならないが、宝石くらいの大きさならば、きっと問題はない。
ユリウスにも相談し、彼も大丈夫だろう言ってくれた。
放課後までに宝石を各種用意してくれたので、アメリアは簡単にまとめた宝石のデータとその宝石を持って、王城に戻った。
サルジュはもう起きていて、図書室にいた。
一日ゆっくりと休んだようで、顔色も良くなっていた。それに安堵して、宝石のデータと、実験をしてみたいことを伝える。
「ユリウス様が、宝石を各種用意してくれました。それで、もしサルジュ様の負担にならないのであれば、壊してしまったら修復していただきたいのですが」
「ああ、それなら効率的に平均値のデータが取れるね。それくらいなら問題ない」
アメリアが学園から戻ったとき、サルジュは宝石について調べようとしていたので、すぐに実験ができて嬉しそうだった。
「アメリアが大丈夫なら、さっそく実験してみよう。ここでは危険だから、アレク兄上の訓練場を借りようか」
サルジュが立ち上がり、アレクシスに許可を貰ってくるまでに、アメリアは宝石を準備して、データの計測ができるようにしておく。
アレクシスの許可はすぐに下りたようだが、ユリウスも訓練場に顔を出した。
「俺も水属性だから、協力するよ。ふたりだけだと心配だとか、アレクシス兄上に見張っていろと言われたわけではないからな」
「……・言われたのですね」
たしかにサルジュは欲しいデータがすぐ手に入ることを喜んでいたし、アメリアもサルジュの役に立てるのが嬉しかった。
だからふたりだけなら、魔力が尽きるまで実験していたことだろう。
ユリウスの協力で、実験は順調に進んだ。
何度も同じ実験を繰り返すのは、平均値を出すためだ。同じことを繰り返し、黙々とデータを取るふたりの姿に、ユリウスは感心したように、少し呆れたように言う。
「ここまでサルジュに付き合えるのは、アメリアだけだな。だが、今日はここまでにしよう」
そう言われて顔を上げてみると、もう日が暮れようとしていた。たしかにこれ以上はアレクシスも許可を出してくれないだろう。
「サルジュ様」
そう声を掛けると、黙々とデータを書き込んでいたサルジュが顔を上げた。
「続きは、明日で」
「……わかった」
アメリアがそう言うと、少し残念そうな顔をしながらも、サルジュは頷いた。手早く片付けをして、ユリウスに礼を言う。
「ユリウス様、手伝っていただいてありがとうございました。お蔭でかなり進展しました」
「そう、なのか?」
彼は戸惑ったように笑う。
「俺には、何を試しているのかあまりよくわからなかったが」
「魔法を付与するために必要なものを見極めて、その数値を測る実験ですから、魔道具の仕組みを深く理解しているサルジュ様でなければ、わからないこともあるかもしれません」
「アメリアは理解していたよね?」
「サルジュ様の書かれた資料を読みましたから」
それだけでわかるのかと、ユリウスは不思議そうだった。
でもサルジュの研究を手伝っているうちにわかるようになったと答えると、納得したように頷いた。
「アメリアがサルジュにとって、唯一無二の存在であることはわかった。サルジュ、今日はもう無理をしないように」
「わかっている。アメリアに叱られたばかりだから、ちゃんと気を付ける」
データを整理しながらそう言う弟の姿に、ユリウスは瞳を細めて笑みを浮かべた。
「アレクシス兄上には俺から報告しておく。ふたりとも、夕食の時間を忘れないように。また後で会おう」
「はい」
ユリウスと別れて部屋に戻ろうとしたとき、ふいにサルジュが足を止めた。
「サルジュ様?」
彼はアメリアを見つめ、真剣な瞳で言う。
「兄上の言葉を聞いて、いつもアメリアが何の説明も求めずに理解してくれていることが、当たり前になっていたことに気が付いた。こうして順調に研究を続けられるのもアメリアのお蔭だ。いつもありがとう」
思ってもみなかった言葉に、思わず涙が滲みそうになる。
「わたしはサルジュ様の、お役に立っていますか?」
「もちろんだ。アメリアがいなければ、もう私の研究は成立しない」
喜びが、じわりと胸に広がっていく。
この背を追って努力してきたことが、すべて報われた。
「何としても、魔道具を完成させなくてはならない。アメリアの力を貸してほしい」
「はい、わたしでよかったら、喜んで」
即座にそう答えたアメリアに、サルジュも柔らかく微笑む。
「ありがとう。よろしく頼む」
何だか気持ちがふわふわとして、夕食の間も上の空だったらしく、ソフィアに心配されてしまった。大丈夫だと答えて、それからはいつも通りに過ごす。
それでも夕飯後に部屋に戻ってひとりになると、どうしても嬉しくなって、気分が浮き立つ。
(もっと頑張ろう。サルジュ様のために、この国のために役立てるように)
そう決意して、図書室から借りてきた分厚い本を開いた。
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