2-28

 こうしてサルジュとともに、アメリアは魔道具の制作に没頭した。

 ユリウスの協力もあって、魔道具に最適な宝石も選ぶこともできた。

「広範囲なら、やはりアクアマリンか。だが持続性に不安がある」

「そうですね。持続性ならラピスラズリかと。用途で使い分けると良いかもしれません。広範囲に雨を降らせたいのなら、アクアマリン。長期間雨を降らせたいのなら、ラピスラズリですね。その両方を補える宝石があればいいのですが」

「アレク兄上がニイダ王国と交渉して、様々な鉱物を取り揃えてくれている。試作品が完成したら、宝石ではなく鉱物で代用できないか実験してみよう」

 サルジュの言葉に、アメリアは頷く。

「そうですね。鉱物でしたら宝石ほど高価ではありませんから」

 定期的に一定の量を購入することになれば、ニイダ王国側にも利となる。

 試作品が完成しても、まだやらなくてはならないことは多そうだ。

 それでも、試作品は確実に完成に近付いている。水魔法の魔導師はそれなりにいるので、製品化されるようになっても心配はいらないだろう。

 とくにアメリアの出身であるレニア領地のように、地方に農地を有する貴族には、水魔法の遣い手が多い。この魔導具が完成すれば、需要が多くなるのは間違いない。

 アメリアの両親も、従弟のソルも水魔法の魔導師だ。

 今までは回復魔法以外はあまり重要視されていなかった水魔法だが、アメリアとサルジュが開発した魔法水の影響で、その評価は徐々に見直されてきた。

 それに加えて、今度はベルツ帝国が何よりも欲している魔導具に水魔法が使われることもあり、今後ますます需要が高まることが予想される。

 サルジュは、水魔法しか使えないと嘆くアメリアに、その価値を高めればいいと言ってくれた。

 それが現実になっている。

(まさかこんなことになるなんて、学園に入学したばかりの頃は思わなかった……)

 もう土魔法が使えたらとは思わない。

 むしろこの水魔法で、サルジュの役に立てるのが、嬉しかった。


 何度も試行錯誤して、ようやく試作品が完成したが、まだカーロイド皇帝の即位の儀式までは時間があった。

 そこでアメリアとサルジュは、ジャナキ王国への公務が長引いて過ぎてしまった夏季休暇の代わりに、休暇を取ることにした。

 行く先は、アメリアの実家であるレニア領地である。広い農地で、魔道具の試運転をするためだ。

 マリーエも研究員としてジャナキ王国に赴いていたので、休暇を取ることは可能である。だから、彼女も同行することになった。

 けれど研究所の所長であるユリウスは、そう長く王都を開けることはできないようだ。

「……残念だが、マリーエを頼む」

「はい。もちろんです」

 さらにミィーナもクロエも普通の学生の授業があるので、同行することはできない。

 今回は残念だが、アメリアとサルジュ。そしてマリーエ。さらに護衛のカイド、そしてリリアーネで行くことになるだろう。そう思っていたのに、急遽もうひとり参加することが決まった。

「魔導具の仕上がり具合が気になる。それに、使い方がわからなければ向こうで披露できないだろう」

 そう言って同行することになったのは、王太子のアレクシスだ。

 彼が同行することを知ったカイドは絶望的な顔をしていたが、リリアーネまで緊張していたことに驚いた。

 よほど、学生時代のアレクシスは酷かったらしい。

「さすがに弟の前で無謀なことはしないよ」

 アレクシスはそう言って苦笑していたが、護衛ふたりの緊迫した表情に、アメリアまで緊張してしまう。

 それでも自身の宣言通り、レニア領地に向かう馬車の中でもサルジュの説明に静かに耳を傾け、魔道具の制作に協力したアメリアを労ってくれた。

 そうしているうちに、馬車はレニア領地に入る。

「ああ、ここがレニアか。見事な農地だ」

 馬車の窓からグリー畑を眺めて、アレクシスはそう呟いた。

 夏は過ぎ、そろそろ収穫の時期を迎える。

 魔法水の効果もあり、去年よりもさらに豊かに実ったグリーが、秋の風に吹かれていた。

 去年と同じように、サルジュはさっそく馬車を止め、農地の調査を始めている。

 アメリアも、彼に付き従って馬車を降りる。

「ああ、リリアーネはマリーエ嬢と先に行ってくれ。サルジュとアメリアには俺がついている」

 アレクシスはそう言って、マリーエとリリアーネを先に向かわせた。

 去年、マリーエを随分待たせてしまったこと。屋敷で待っていた両親が疲れ果てていたことを考えると、適切な対応だったのだろう。

 アメリアも心置きなく、収穫前の農地を念入りに調査するサルジュに付き合うことができた。

「この辺りには、雪が降るのか?」

 積雪の重みで折れた木の枝を見て、アレクシスがそう尋ねる。

「はい。以前はまったく降らなかったのですが、ここ数年は山だけではなく、農地にも降り積もるようになりました」

 アメリアは去年、従弟のソルから聞いた話を思い出しながらそう答える。

「今まで降らなかった地域だったので、果樹などは相当被害を受けてしまったそうです」

「そうか……」

 今年は、去年よりも降るかもしれない。

 そう思って準備をしているので、去年ほどの被害はないだろう。

「雨は魔導具で降らせることができても、気温だけはどうにもならない。除雪の費用も嵩むだろう。各領地に確認しなければならないな」

 たしかに、除雪作業が大変だった聞いていたアメリアは深く頷いた。

 寒さで体調を崩してしまった人もいると聞く。暖炉では部屋のすべてを暖めることはできない。

「せめて、部屋を暖められるような魔導具があればよかったのですが」

 そう言うと、グリーの成長具合を確かめていたサルジュが、可能かもしれないと呟いた。

「サルジュ様?」

「王城の庭にある温室には、兄上に火魔法を付与してもらっている。持続性がないので定期的に魔法を掛けてもらっていたが、この魔導具を応用すれば……」

「魔法ではなく、魔道具に付与して持続性を持たせれば、温室のように部屋全体を温めことは可能ですね。それに、持続性ではなく広範囲を選択すれば、冬場でも野菜などが育てられる可能性も……」

「待て、ふたりとも。発想が止まらないのは良いことだが、順番がある」

アレクシスがそう言って、ふたりを止めた。

「成長促進魔法を付与した肥料も、ジャナキ王国は待ち望んでいる。正直なところ、それの販売を条件に、ベルツ帝国との対話をこちらに任せてもらったという事情もある」

「そうですね……」

 まず魔導具の試作品を完成させ、それを製品化させてなくてはならない。

 さらに成長魔法を付与した肥料に、秋の収穫が終わったら魔法水のデータもまとめ、改良と量産の準備に入らなくてはならないのだ。

 改めて考えると、かなりの忙しさだ。

「もちろん、ふたりだけですべてを担う必要はない。幸い、我が国の魔法研究所の研究員は優秀だ。任せられるものは、任せてしまえばいい」

「はい。ありがとうございます」

 アレクシスは、アメリアを見てそう言った。

弟のサルジュに向けられるものと変わらない瞳に、もう家族の一員だと思ってもらえているようで、嬉しくなる。

 魔法水に関しても、開発者はアメリアということになっているが、その権利はアメリアが望んだこともあって、すべて王家のものだ。

 ならば水属性の魔導師でもあり、研究所の所長であるユリウスに任せてしまっても良いのかもしれない。

「アレクシス様が、窘める側の人間になるとは……」

 黙々と観察を続けているサルジュの傍で警護していたカイドが、アメリアとアレクシスのやり取りを見て感極まったようにそう言った。

「俺だって、いつまでも昔のままではないよ」

 そんなカイドに、アレクシスは昔を思い出したのか、少し気まずそうに言う。

「これから弟達が結婚していけば、家族が増える。それに、来年子どもが生まれるんだ」

「え?」

 突然の告白に、アメリアとカイドはもちろん、グリーの成長具合を調査していたサルジュまで立ち上がる。

「兄上?」

 そういえば、今回のレニア領地への旅に、最初はソフィアも同行する予定だった。

 リリアーネやマリーエから話を聞いて楽しみにしていたと言っていたのに、急遽取りやめになってしまった。体調が優れないとのことで心配していたのだが、まさかそんな理由だったとは思わなかった。

「義姉上が、本当に?」

「ああ。正式発表はまだ先だが、間違いないらしい」

 それを聞いて、アメリアも瞳を輝かせた。

「おめでとうございます、アレクシス様」

 王太子である彼の子ならば、間違いなく光属性を持っている。またひとり、光属性を持つ人間が増えるのは、喜ばしいことだ。

 来年には、ユリウスとマリーエの結婚式が行われるだろう。

(そして、その次はわたし達も……)

 アメリアは赤くなってしまった頬を隠すように、両手で顔を覆った。

 来年になると、一歳年上のサルジュは学園を卒業してしまう。こうして一緒に行動することも少なくなってしまうかもしれない。

 けれど、それも一時的なものだ。

 アメリアも学園を卒業すれば、ずっとサルジュと一緒にいられる。

 今も幸せだけれど、未来はもっと幸せなものになるだろう。

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