2-26
マリーエの部屋はとても広かったはずだ。
けれど今は、その四分の一ほどを巨大なベッドが占めていて、どうしてもそれに視線を奪われる。
「素敵でしょう? でも、ベッドで語り合うのは夜になってから。お泊り会だからね。まずは庭でお茶会をしましょうよ」
そう言って、庭に案内してくれた。
丹念に手入れをされている美しい庭には花が咲き乱れていて、その豪華絢爛な景色に思わず溜息が出てしまう。
「綺麗ね」
「今朝咲いた花もあるのよ。見頃でよかったわ」
庭の中央に設置されたテーブルには、色々な種類のお菓子が並んでいる。
それを見たミィーナの表情が曇った。
「アメリアお姉様。どうしたらいいのでしょう」
従弟のソルと婚約することが決まっているミィーナは、アメリアをお姉様と呼ぶようになっていた。ひとりっ子だったアメリアはそれが嬉しくて、彼女を妹のように可愛がっている。
「どうしたの、ミィーナ」
「食べられる量には限界があるのに、あんなに美味しそうなお菓子がたくさん……。どれを選んだらいいのでしょうか」
「ふふ。ミィーナさん。この後、みんなでお菓子を作る予定であることもお忘れなく」
マリーエの追い打ちに、ミィーナは絶望とともに崩れ落ちる。
「ああ……」
ミィーナは甘い物が大好きだとソルから聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。
(今日は食べられるものだけを選んで、他の日に別のものを食べればいいのでは?)
そう思ったが、言い出せるような雰囲気ではなかった。
「ミィーナ様、大丈夫です」
遠慮がちに周囲を見渡していたクロエ王女が、そんなミィーナの手を握る。
「複雑な経緯でこの国に留学することになった私に、ミィーナ様は親切にしてくださいました。ですから、私がお姉様とよくやっていた方法を教えて差し上げます。それは……。半分こ、です」
「半分こ……」
「そうです。半分こにすれば、二倍のお菓子を楽しめます。ぜひ私と半分こしましょう」
「ありがとう、クロエ様」
マリーエは満足そうに頷いている。
ふと隣にいたリリアーネに視線を向けてみれば、彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「これくらいの量、ひとりで余裕だと思うけれど……」
アメリアは聞かなかったことにして、にこりと笑ってお茶の席についた。
マリーエがお勧めをすべて集めたと言うだけあって、お茶もお菓子も最高級のものだった。すべて限定品やお得意様にだけ売るような品で、ここでしか食べられないものも多かった。
ミィーナが焦っていた理由がわかる気がする。
「このフルーツタルト、美味しいです」
ミィーナが蕩けそうな顔でそう言う。たしかにフルーツの酸味とクリームの甘味。そしてタルト生地の組み合わせが最高だった。
「そうでしょう。でも、このショコラケーキも絶品ですのよ」
マリーエは、本当にこの日を楽しみにしていたのだろう。
嬉しそうに色々なお菓子を勧め、たくさんの種類のお茶を用意してくれていた。
「実はユリウス様も、甘いものがお好きなんです。特にこのフルーツタイトがお好きみたいで」
マリーエがそう言ったのをきっかけに、話はそれぞれの婚約者のことになっていく。
「クロエ様は、エスト殿下とはもうお会いになりましたの?」
マリーエの言葉に、クロエは恥ずかしそうに頷く。
「……はい。とても優しくて穏やかな方で」
クロエはそう言って、頬を染めた。
「婚約も、今は保留になっているけれど、前向きに検討してほしいと言ってくださいました。問題を起こしてしまったのは私で、決める権利はエスト様にあると言うのに」
「わたくし達も、あなたと義姉妹になれたら嬉しいと思っているわ」
マリーエに続いて、アメリアも頷く。
「ええ、私も」
クロエは大きな瞳に涙を溜めて、ありがとうございますと頭を下げた。
アロイスがクロエの恋人に成りすましたのは、侵略先のジャナキ王国がビーダイド王国と強く結びつくのを防ぐためだった。
たしかにクロエがあのまま駆け落ちをしてしまっていたら、両国の関係は悪化していただろう。交流が絶えていたら、ジャナキ王国がベルツ帝国から侵略されても、対応が遅れていたかもしれない。
その意味でも、クロエの駆け落ちを阻止してくれたアメリアの功績は大きいと、国王陛下から直々に感謝の言葉を告げられた。
アメリアとしては、自分が単独で動いてしまったことでサルジュを巻き込んでしまったのだ。謝罪こそすれ、感謝されるなんてとんでもないと恐縮した。
「エスト様のお優しい心に報いるためにも、学園での勉強を頑張りたいと思います」
そうきっぱりと言ったクロエに、初対面のときの面影はまったくない。
本来はこんなに真面目で優しい女性なのにと思うと、やはりどんな事情があったとはいえ、アロイスのやったことは許されることではないと思ってしまう。
そのアロイスは、まだ語られる真実を嘘だと否定して、頑なに受け入れようとしないらしい。彼にとってビーダイド王国の王族だった祖母は、母を捨てて絶望の人生を送らせた元凶であり、憎むべき相手なのだろう。
アレクシスやユリウスが会いに行っても、言葉を交わすこともなく、その言葉に耳を傾けることもない。
「人生のすべてを賭けて復讐を決意していたくらいだ。認めてしまえば、自分の存在意義すら失ってしまうのだろう。焦る必要はない。ゆっくりと時間を掛けて、受け入れてもらえばいい」
アレクシスはそう語っていたが、カーロイドが会いたいと言っていたと告げたときだけ、激しく動揺していたらしい。
アロイスは罪を犯したので、それを償わなくてはならない。でもその贖罪は、人生のすべてを費やすものではないと思っている。
罪を償ったあとの彼をどうするのか、これからカーロイドも含めて話し合っていくことだろう。
お茶会を楽しんだあとは、全員で恒例のお菓子づくりだ。
「今日はクロエ様が初参加なので、簡単なものにしたわ。チョコレートムースよ」
「チョコレートムース……」
ミィーナがうっとりとした顔でそう繰り返す。
動きやすい服に着替えて、エドーリ家の大きな厨房に移動すると、優しそうな侍女が材料を揃えて待っていた。
今日は彼女が作り方を教えてくれるらしい。
「まず卵白を泡立てます。これは大変な作業ですから、マリーエお嬢様の風魔法にお任せいたしましょう」
「ええ、任せて」
ボウルに入っていた卵白にマリーエが呪文をかけると、たちまち白く泡立った。
「はい、これで大丈夫です。次はチョコレートを湯煎いたします」
その作業は、ミィーナとクロエが協力してやっていた。
「リリアーネ様は生クリームを。アメリア様は、こちらのふたつを混ぜてください」
指示通りに作って、あとは冷やし固めるだけだ。
「簡単でしたね」
「ええ、でも美味しそうでしたわ」
「夕飯のあとに、皆でいただきましょう」
初めてお菓子を作ったというクロエはとても楽しかったようで、食べるのが楽しみだと何度も言っていた。
そして、やっとお泊り会の本番である夜になった。
帰宅したマリーエの両親に挨拶をして、一緒に夕食を頂いたあと、大きなベッドがあるマリーエの部屋に行く。
マリーエの両親は娘にこんなにたくさんの友人ができるなんて、と感激して、これからもマリーエをよろしくお願いしますと頭を下げてくれた。
「もう、わたくしに友人がいなかったことを、何度も繰り返し言わなくてもいいのに」
マリーエは少し拗ねていたか、友人がいなかったのはアメリアも同じだ。
自分も最初の友人はマリーエだと言うと、彼女はとても喜んでくれた。
大きなベッドに全員で転がって、これからのこと。婚約者のこと。将来のこと。
色々な話をした。
アメリアが一番大変そうだと言われたが、愛する人の傍で、その研究を支えることができるのだ。これほど嬉しいことはない。
そう正直に伝えると、それぞれ納得したように頷いた。
「そうですわね。わたくしも、ユリウス様のためなら何でもできます」
「レニア領地を背負うソルを支えて行けたらいいなって」
「私にできることなど何もありませんが、エスト様に寄り添えたらと思います」
「そうですね。わたくしも、カイドを支えたくて騎士に復帰しましたから」
それぞれ婚約者に対する想いを語り、互いに頷き、時にはからかいながらも、楽しく話す。
話の内容は尽きないように思える。
この日は、夜が更けるまで楽しく語り合っていた。
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