第30話

 サルジュの安全のためとはいえ、王家公認で婚約者を装うとなると、緊張どころではない。

 偽装とはいえ、アメリアが婚約者だなんて彼が嫌がるのではないかと心配したが、ソフィアもマリーエも少し呆れたような顔をして、それだけはあり得ないと言う。

 ソフィアに勧められるままドレスのデザインを決め、また仮縫いのときにマリーエと訪れることを約束する。

 別れ際にマリーエが頑張れと応援してくれた。何を頑張るのかわからなかったが、とりあえず頷いておく。

 アメリアはそのままサルジュがいる図書室に向かった。

 サルジュはアメリアに気が付くとすぐに立ち上がり、出迎えてくれた。

「アメリア。打ち合わせは終わったのか?」

「はい。ソフィア様が、何もかも整えて下さいました」

「そうか。できれば私がドレスを贈りたかったが、まだそこまですることはできないからね」

「……え?」

 思ってもみなかった言葉に驚いて顔を上げるが、サルジュは優しく微笑むだけだ。

 この日は王城に泊まらずに寮に戻る。

 すると、領地にいる父から手紙が届いていた。

 父もユリウスとマリーエの婚約披露パーティに参加するため、母と一緒に王都に来るようだ。

 婚約解消をしたばかりのアメリアのためにエスコートをしてくれる男性を連れて行くと書かれていたので、不要だと伝えなくてはならない。

 もしかしたら父が選んだ婚約者候補かもしれない。

 ソフィアに頼まれていなかったから、父の言う通りにしていた。

 でもそれがどんな人であれ、サルジュよりも優先させることはできない。

(サルジュ様にエスコートしていただくと書いたら大騒ぎになりそうだから、学園の先輩に頼んだと書いておこう)

 どのみち当日になればわかってしまうが、領地で騒ぎになるよりは、この方がいい。

 まさかアメリアの言葉を信じなかった父が、当日婚約者候補を連れて来るなんて思ってもみなかった。


 最優先で仕立て上げられたアメリアとマリーエのドレスは、とても素晴らしいものだった。

 当日の主役であるマリーエのドレスが最上級のものなのは当然だが、アメリアのドレスも、今まで見たことがないほど上等なものだ。

 不安になってマリーエに相談してみたが、彼女は何か吹っ切れたような清々しい笑顔で、サルジュの隣に立つのだから、それくらい当然だと言う。

 たしかに、みすぼらしい姿で彼の隣を歩くわけにはいかない。

 新しい水魔法の開発も、少しずつ進んでいた。

 そのため彼の手伝いをする場所が、学園の図書室から王城の図書室や庭園の隅にある実験用の畑に移動し、アメリアも王城に泊まり込むことが増えていた。

 客間がいつの間にかアメリアの部屋のようになってしまい、ここに着替えや予備の制服、勉強道具なども置いている。

 だが王城には護衛騎士のカイドがいないので、ふたりとも時間を忘れて熱中してしまうことが多かった。

 あまり無理をするとソフィアもサルジュの兄達も心配するので、そこだけは気を付けなくてはならない。

 そう思いつつ、今日もまた遅くまで王城の図書室に籠っている。

「サルジュ様。やはり魔法で水遣りをした畑の方が、被害が少ないようです」

 過去のデータ。そして王城の庭園で行った実験の結果をまとめたものを、アメリアはサルジュに提出する。

 同じ小麦の種を植え、サルジュの成長促進魔法である程度まで成長させたそれで、アメリアはある実験を行っていた。

 彼はそれを受け取り、素早く目を通している。

 アメリアは水魔法でも何とか領地の役に立てないかと、昔から魔法で水遣りを手伝っていた。そのときのデータを何気なく五年ほど取っている。改めて見比べてみると、魔力を込めて水遣りをすると、他の小麦よりも虫害や冷害などが少なく、丈夫に育つことが判明した。

 それは微々たる違いで、アメリアが長年データを書き記しておかなければ気付かなかったかもしれない。

 領地でずっと水遣りに使っていたのは、広い範囲に細かい雨を降らせるような水魔法だ。それに虫害を防ぐ効果を足せば、被害を防げるだけではなく、多少天候が悪くとも丈夫に育つのではないか。

 そんなアメリアの提案を元に、サルジュは新しい魔法式を開発しようとしていた。

 既存の魔法であれば、決められた呪文を、魔力を込めて唱えると発動する。

 アメリアの水遣りならば、「水」「広範囲」「降り注ぐ」という意味の、【リ・ペイダ・ローグ】と唱える。

 唱えている間は魔力を消費するから、複雑な呪文はそれだけ大きな魔力を必要とする。一般的な魔法なら一つか二つくらい。複雑な魔法でも四つの言葉が限界だ。

 サルジュのように膨大な魔力を持つ者なら、どんな魔法でも簡単に使える。

 だがふたりが目指しているのは、水魔法を使える者なら誰でもできるような魔法だ。使う魔力を極力抑えるために、呪文も簡潔にしなければならない。

「水遣りで、もう三つの魔法式を使ってしまっているから、ひとつ加えたとしても四つ。でも、誰でも四つ唱えられるわけではないから……」

 アメリアは考え込む。

 サルジュが試しに使ってみた魔法は、「水」「広範囲」「降り注ぐ」に加えて、「害虫」「防ぐ」「無毒」の六つ。

 いくら害虫を防ぐためでも食べ物なのだから、毒魔法にならないように「無毒」は必要だ。

でもこれでは複雑すぎて、アメリアでも唱えることができない。

せめて魔法式は、半分の三つにしなければ実用的ではない。

 だが闇雲に唱えれば魔法が成立するわけでもなく、魔法式がうまく組み合うことが必要となる。そこには魔法式同士の相性や属性などを考慮する必要があり、とても複雑だ。上手く組み合うまで何度も唱える必要があるので、膨大な魔力も必要となる。

 それに、ふたりともただ水魔法の開発だけをやっていればいいわけではない。アメリアは試験に向けた勉強が必要だし、サルジュは土魔法や植物学の研究にも力を注がなくてはならない。

 さらに、もう十日後に迫った婚約披露パーティの準備もある。

「すみません、明日はソフィア様のところでドレスに合わせる宝石と、髪型を決めるそうで……」

「ああ、わかっている。明日は寄らなくてもかまわないよ。おそらく時間が掛かるだろうから」


 そう言ってくれたサルジュは、このことを知っていたのかもしれない。

 マリーエと一緒にソフィアの元を訪れたアメリアは、彼女の隣にいる美しい女性を見て目を見開く。思わずマリーエと顔を見合わせてから、慌てカーテシーをする。

「あなたがアメリアね? いつもサルジュを助けてくれてありがとう」

 輝くような金色の髪。

鮮やかな緑色の瞳は、サルジュとまったく同じ。

 三十代半ばになっても色褪せない美貌も、彼とよく似ている。

 ソフィアに義母と呼ばれた美しい王妃は、アメリアを見て優しく微笑んだ。








※ツギノ更新ハ18:00デス。


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