第31話

 緊張のあまり顔も上げられないふたりが身につける宝石を、王妃はソフィアと楽しそうに選んでくれた。

 マリーエには、大振りの宝石があしらわれた豪華なものを。

 アメリアには、繊細な美しい細工のものに決めたようだ。

 さらにたっぷりと時間をかけてドレスに似合う髪型を決め、少しお話をしましょうと、そのままお茶会に招かれる。

 サルジュとの出会いやアメリア自身のこと。普段の様子や研究の進展など事細かに尋ねられ、言葉を選びながら必死に答えていく。

 質問攻めにあったのはマリーエも同じで、満足した王妃が帰ったあとは、ふたりとも極度の緊張から解放されて、しばらく動けずにいたほどだ。

「私も最初は緊張したわ。懐かしい」

 ソフィアは過去を懐かしんで微笑んでいた。

「アメリアさん、あなたが一緒にいてくれてよかった」

 マリーエは、心からそう思っているようで、何度もそう言ってくれた。

 最初は無理をしないでと気遣ってくれていた彼女も、最近は自分からアメリアも一緒に、と言い出すようになっている。

 王妃もソフィアも、マリーエだってアメリアが、婚約披露パーティの日だけだと知っているはずなのに、本物の婚約者のように扱われて戸惑っている。

 どうせ逃げられないのなら早めに捕まった方がいいのではと、マリーエが思っていたことなど、まったく知らずにいた。

 マリーエがユリウスに挨拶をしてから退出すると言うので、アメリアもサルジュに会ってから帰ることにした。

 今日は来なくてもよいと言われていたが、王城に来ているのに彼に挨拶をしないのは失礼だと思ったからだ。

 それに思いがけない王妃との遭遇に少し疲れていた。サルジュに会えば、少しは気力も回復するだろう。

 そう思って図書室に立ち寄ると、ふと可愛らしい声がした。

「ええと、この場合は「成長促進」だけで良いのでしょうか?」

 聞き覚えのない声に驚いて視線を向けると、サルジュの隣にひとりの令嬢がいた。彼女は本を開き、熱心に勉強をしている。

 年はアメリアよりも少し下くらいか。苺のような赤い髪をした、とても可愛らしい少女だ。

 サルジュは自分の研究の手を止め、彼女に魔法の指導をしている。

 彼の専門。土魔法だ。

 あの少女は、土魔法の遣い手なのだろう。

 自分が来なくても良いと言われた日に、彼の傍に別の女性がいた。

 しかも、土魔法を持つ可憐な少女だ。

 そのことに衝撃を受けて、アメリアは立ち尽くす。

 サルジュの隣に別の女性がいることを、嫌だと思ってしまった。

 彼の研究を支えるのも、傍にいるのも、自分ひとりであってほしいなんて。

(どうしよう……。私にはそんな資格はないのに……)

「アメリア?」

 そのまま立ち尽くしているアメリアに気が付いて、サルジュが声を掛けてきた。

 隣に座っていた少女も気が付いたのか、慌てて立ち上がる。

「向こうは終わったのか? 母が押し掛けただろう。すまなかった」

「い、いえ。とんでもございません……。とてもよくしていただいて」

 隣の少女を気にしながら、何とかそう答えた。

 サルジュの態度はいつもと変わらない。それどころか嬉しそうで、アメリアはどんな顔をしたらいいのかわからずに視線を落とした。

「来てくれてちょうどよかった。彼女に会わせたいと思っていた」

 それなのにサルジュはそう言って、隣に立つ少女をアメリアに紹介する

「彼女はミィーナ。カイドの妹だ」

「初めまして、アメリア様。兄がいつもお世話になっております」

 ミィーナと紹介された少女は、そう言って頭を下げる。

「え、カイド様の?」

 言われてみれば彼女の赤い髪は、サルジュの護衛騎士カイドとまったく同じ色だ。

 カイドの妹ならば、むしろ世話になっているのは自分の方だと、アメリアも慌てて頭を下げる。

「私の方こそ、いつもカイド様にはご迷惑を……」

 兄はそれが仕事ですから。そう言って笑う少女は、明るい笑顔がとても可愛らしい。

「ミィーナはエデッド伯爵家の次女で、年はアメリアのひとつ下。来年になったら魔法学園に入学する予定だ」

 カイドがサルジュを護衛するのは学園内だけで、王城で見かけることはない。それなのになぜ、彼の妹がサルジュと一緒にいたのだろう。

 そんなアメリアの戸惑いに気付かず、彼はミィーナについて語る。

「エデッド伯爵家の領地は王都に近いが、ミィーナは自然の豊かな土地を好んでいて、将来はそんな場所で暮らしたいと思っている。さらに、土魔法の遣い手だ」

 こんな理想的な人物が、近くにいるとは思わなかったと、サルジュは言う。

(……理想の女性、なの?)

 彼からそんな言葉を聞くなんて思わなかった。

 聞きたくはなかった。

 思わず胸を押さえて視線を逸らした。

 だがサルジュの次の言葉は、思ってもみないものだった。

「君の従弟の婚約者に、どうだろうか?」

「……、……従弟?」

 アメリアは、目を見開いた。

「残念ながら水魔法の開発には、もう少し時間が掛かりそうだからね。その間に君の婚約者を決められても困る。だから条件に合う令嬢を探していた」

 たしかに同じ伯爵家だが、ミィーナの兄はサルジュの護衛騎士であり、中央貴族の一員だ。それなのに自然の多い地方で暮らしたいと願っていて、さらに土魔法の遣い手である。

 従弟もアメリアよりもひとつ年下で、来年には魔法学園に入学する。

 真面目で優しい子だから、リースのようなことは絶対にしないだろう。好きな人がいるという話もなかった。

「たしかに理想的、ですね」

 何とかそう答えると、ミィーナはぱっと表情を明るくした。

「アメリア様にそう言っていただけて、光栄です。サルジュ様にご指導いただいて、もっと土魔法が上達できるように頑張ります」

 ユリウスとマリーエの婚約披露パーティには、従弟も参加する予定である。サルジュは、そのときにふたりを引き合わせてみたいようだ。

 相性もあるだろうから、会ってみてからだと彼は言っていたが、ミィーナは乗り気のようだ。

 彼女はとても可愛らしい少女である。そうなったらいいなと、アメリアも考える。

 顔を合わせてみて問題がなければ、今度は両家を交えた話に発展していくかもしれない。

 いずれ、新しい水魔法も完成させる。

 その魔法が広く使われるようになれば、たとえふたりの間に生まれた子どもが水魔法の遣い手でも、誰も失望したりしない。

 むしろ、そんなことは絶対にさせない。

「サルジュ様、色々とありがとうございます」

 彼は、アメリアの婚約者が決まったら困ると言ってくれた。

 それだけで、充分に嬉しい。

 これからも彼の役に立てるように、頑張ろうと思う。

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