第32話
ユリウスの婚約披露パーティに参加するため、王都にやってきた両親に事情を説明してくれたのは、サルジュだった。
パーティの数日前に王都に到着した両親は、アメリアとともに王城に呼ばれていた。
もう何度も王城に行き、専用の部屋まで用意されているアメリアと違って、両親は落ち着かない様子だ。
たしかに理由もわからずに王城に呼び出されたら、不安になるのも仕方がない。しかも娘はすっかりこの場所に馴染み、顔見知りの侍女までいるほどだ。
これで謁見室にでも連れて行かれたら、緊張のあまり倒れてしまったかもしれない。けれどサルジュが待っていたのは客間のひとつで、従者がひとり、部屋の隅で待機しているだけだった。
「アメリア。わざわざ来てもらってすまないな」
「いいえ、とんでもございません」
実際のところ、サルジュがなぜ自分と両親を呼んだのか、アメリアにもはっきりとした理由はわからなかった。
ただアメリアは、明日のパーティでサルジュのパートナーを務めることになったので、そのために事前の説明と口裏合わせのためかと思っていた。
だが挨拶を交わしたあとは、レニア領地における作物の状況や、穀物の値段変動などの話から始まり、サルジュは専門である植物学と土魔法の話になっていた。
そして彼は、アメリアがそれにどれだけ貢献してくれているかを、熱心に語り出したのだ。
初めは緊張していた父も、話題がレニア領地のことになると饒舌になり、話が進むにつれ、サルジュの思考の深さ、知識の広さに魅せられているのがはっきりとわかった。
「アメリアの記憶力の良さやデータの正確さに、今まで何度も助けられている。もはや彼女は私にとって、なくてはならない存在だ」
そんなサルジュに娘を褒め称えられ、父はうっすらと涙まで浮かべている。
「これからも彼女には、私の傍で支えてほしい。だが、彼女はレニア伯爵家の唯一の後継者だと聞いている」
「それならば、問題ございません。私の弟にはふたり子どもがおります。その弟の方を養子に迎えて後継者とするつもりです」
あれほど土魔法に拘っていた父かあっさりとそう言ったことに、アメリアも母も驚いた。
「アメリアの従弟か。婚約者は決まっているのか?」
「いいえ、まだ婚約者は決まっておりませんが、来年になれば学園に入学します。それまでに決める予定です」
「来年か」
サルジュはそう呟いて、少し考えるような素振りをする。
「私の護衛騎士の妹が同じ年頃だ。エデッド伯爵家の次女だが、土魔法の遣い手でね。それを活用させるために、農業の盛んな領地の家に嫁ぎたいと言っているそうだ」
似合いかもしれないね、と言った彼の言葉に父は息を呑む。
サルジュの仲介となれば、もうこの婚約は決まったようなものだ。
長年の婚約が白紙となり将来が心配だった娘が、第四王子サルジュの優秀な助手として認められ、レニア伯爵家には念願の土魔法の遣い手が嫁いでくれるかもしれない。
まさに夢見心地な父に、次にサルジュはアメリアと協力して、新しい水魔法の開発をしていることを告げた。
「新しい水魔法、ですか」
「そうだ。まだ時間は掛りそうだが、もし成功すればこの国の未来を救う存在となるだろう。水魔法は私の専門ではないから、アメリアにはいつも助けられている」
「……水魔法が、アメリアが、殿下のお力に……」
父は俯き、両手を強く握りしめていた。
話が終わり、王城から退出したあとも、父はずっと黙り込んでいる。
寮に戻るために途中で別れなくてはならないアメリアは、そんな父に少し不安を覚えながらも、母と話をした。
当日はゆっくり話をすることなどできないだろう。
「アメリア。あなたが幸せでよかったわ。充実した日々を過ごしているのね」
「うん。リースのこととか、色々と心配をかけてしまってごめんなさい」
「いいのよ。あなたは何も悪くないのだから。いつでも、あなたの幸せを願っているわ」
「……ありがとう、お母様」
母から離れ、寮に戻ろうとしたアメリアに、ずっと黙っていた父が声をかけてきた。
「……本当は、お前の明日のパートナーにと思って連れてきた者がいた」
「お父様」
あれほど手紙で不要だと言ったのにと、つい責めるような声になってしまう。
「すまなかった。私は土魔法に固執するばかりに、お前の幸せを疎かにしていたようだ」
「え?」
だが、まさか父が謝罪するとは思わずに、呆然とその姿を見つめてしまう。
「サルジュ殿下は素晴らしい方だな」
「うん。私はサルジュ様の研究を手伝えることを誇りに思っているわ」
父は何度も頷いた。
「夏休みになったら帰ってきなさい。お前がずっと書いていたデータを、父にも見せてくれ」
そのまま父は馬車に戻ってしまい、どんな顔をしていたのかわからなかった。今日は貴族用の宿に泊まるという両親を見送り、アメリアは寮に戻った。
(まさかお父様が、あんなことを言うなんて……)
サルジュは土魔法に固執していた父の認識を改め、従弟の婚約まで決めてくれた。そんな彼に、なくてはならない存在だと言ってもらえたことが嬉しい。
明日は、そんなサルジュのパートナーとしてパーティに参加する。
寮に戻ったアメリアは高揚した気持ちを抑えるように、窓を開けて空を眺めていた。
翌日。
朝起きて身支度を整えていると、迎えの馬車がきた。
それに乗って王城に向かい、ソフィアやマリーエと合流して、今日の準備を開始する。
この日のために仕立てられた美しいドレスを身にまとい、髪型を整えて、宝石で飾る。侍女はかいがいしく世話をしてくれて、着飾った姿を美しいと称えてくれた。
鮮やかな緑色にイエローサファイアの宝石は、サルジュの色だ。
彼の色をまとう自分の姿を鏡で見つめたアメリアは、新入生歓迎パーティに参加した日のことを思い出す。
(あの頃は、大変だった……)
パーティがあることさえ知らず、慌てて用意した古いドレス。今思えばあれも、婚約者だったリースの瞳の色だった。
あのとき、孤立したアメリアを助けてくれたのはサルジュだけだった。
彼に手を取られて会場に入り、会場の真ん中で踊ったことを思い出す。
何もかも忘れるくらい楽しかった。
もしかしたら今日もサルジュと踊れるかもしれない。そう思うと、胸が高鳴った。
やがて準備が整うと、侍女に連れられて控室に向かう。
そこには正装した四人の王子がいて、思い思いに寛いでいる。
王太子のアレクシスは、妻のソフィアを見つけるとすぐに彼女の傍に向かい、その手を取る。
第二王子エストは、正装したソフィア、マリーエ、アメリアをそれぞれ褒め称えてくれた。彼の婚約者は他国の王女であり、今日は母方の従妹をエスコートするようだ。
本日の主役であるユリウスは、マリーエと今日の手順を確認している。さすがの彼も、今日は少し緊張しているようだ。
そしてサルジュは、兄達から離れたところで本を読んでいた。人の気配を感じて顔を上げた彼は、アメリアの姿を見るとすぐに本を閉じ、傍まで歩み寄る。
「アメリア。よく似合っているね。とても綺麗だ」
「あっ、ありがとう……ございます……」
まっすぐに称賛され、恥ずかしくなって俯く。
頬が染まっているのが、自分でもはっきりとわかった。
身支度を手伝ってくれた侍女や、一緒にいたソフィアやマリーエが同じ言葉を何度も口にしてくれた。
でもサルジュからの言葉は特別で、とても平静ではいられなくなる。
それぞれがパートナーと会話をしていると、アレクシスが部屋を見渡しながら言った。
「今日は他国からの使者も何人か訪れているが、婚約披露の場なので、基本的に国内の貴族ばかりだ。だが数が多いだけに、見知らぬ顔が紛れ込んでいても判明しにくいだろう。それぞれ単独行動はしないように気を付けるように」
長兄の言葉に、弟達はそれぞれ真摯に頷いている。
そうしているうちに、いよいよパーティの開始時間になった。
※もう告知の必要はないかもしれませんが、18:00にも更新します!
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