第33話
祝い事なので、会場となった大ホールは華やかに飾り付けられている。
テーブルだけではなく、壁や床にも飾られた生花の香りが漂っていた。その花のいくつかは、この国では咲かないものや、季節外れのものである。そのことに気が付いた人はいるだろうか。
ホールにはもう、ほとんどの参加者が集まっていることだろう。
そんな中に、四人の王子達はそれぞれパートナーの手を取って入場する。
最初は、本日の主役であるユリウスとマリーエ。
続いて王太子であるアレクシスと、王太子妃のソフィア。
それに第二王子のエストが続き、最後はサルジュとアメリアである
考えてみれば、王城で開催されるパーティに参加するのは、これが初めてだ。それがサルジュのパートナーとしてだなんて、一年前の自分に告げても絶対に信じなかったに違いない。
エストが従妹の手を取って会場に入り、次はいよいよサルジュとアメリアの番だ。しっかりしなければならないと思うのに、彼に預けた手が細かく震えている。
「アメリア、大丈夫か?」
そう声を掛けられて顔を上げると、サルジュが心配そうに覗き込んでいる。極度の緊張で気が付かなかったが、正装した彼の姿は眩しいくらい麗しくて、こんな彼の隣を歩くのかと思うと、呼吸さえ上手くできなくなる。
「す、すみません。少し緊張してしまって」
こんなことではいけないと、自分を奮い立たせようとした。
「そんなに気を張らなくても大丈夫だ。アメリアは私の傍にいてくれたら、それでいい」
そう優しく言ってくれたサルジュに手を取られて、アメリアは会場内に足を踏み入れた。
多くの視線を感じた。
サルジュにエスコートされている令嬢が誰なのか、皆、興味深そうに見つめている。
やがて学生達の間からレニア伯爵令嬢だという声が出る。
それを聞いて真実の愛を貫いて駆け落ちしたリースのことや、婚約を解消したばかりだということ。学園で孤立していたことなどが、面白おかしく語られているかもしれないと覚悟した。
けれど聞こえてくるのは、あのサルジュの助手を務めることができるほど優秀な令嬢、というものばかりだ。
学生達の中では大きな話題となったが、もともと婚約解消など貴族の中ではよくあること。現にユリウスも昔からの婚約を白紙に戻し、新しい婚約者を選んでいる。
それよりも彼らが注目しているのは、この国の未来を担うサルジュの研究であり、その助手を務めているアメリアの優秀さなのだ。
何だか肩の荷が下りたような気がして、大きく息を吐いた。
国王の挨拶の後は、ユリウスがマリーエとの婚約を発表する。各国の使者が祝辞を述べたあとは、主役ふたりのダンスだ。
優雅に踊るふたりを見つめていると、いつのまにかサルジュに肩を抱かれていた。
「兄上の後に、私達も踊ろうか」
「はい。嬉しいです」
また彼と踊れるなんて、思ってもみなかった。
ユリウスとマリーエのダンスが終わり、再び楽団が音楽を奏で始めると、サルジュに手を引かれてホールの中央に移動する。
新入生歓迎パーティのときは、ただ思い切り踊れることが楽しくて、夢中になっていた。でも今日は、背中に回されたサルジュの腕を変に意識をしてしまって、なかなか上手く踊れない。それどころかステップを踏み間違えて転びそうになってしまい、サルジュに支えられた。
「申し訳ございません」
「気にすることはない。緊張しているアメリアも可愛いと思うよ」
「……え?」
とんでもないことをさらりと言われた気がして、思わず声を上げてしまった。でもサルジュは何事もなかったかのように平然としている。
あまりにも驚いたせいか、緊張もほぐれて、その後は楽しく踊ることができた。
四人の王子の中で唯一、正式な婚約者が決まっていないサルジュだったが、彼に近付こうとする令嬢は誰もいなかった。
なぜなら。
「サルジュ様。レニア領だけのデータでは偏るかと思い、南方の領地にもお願いして、データを送っていただきました。もともと、北方よりも冷害が少ないこともあり、新品種の小麦はそれほど普及してないようです」
「そうか。後で見せてもらおう。冷害が少ないのならば、虫害の方が深刻だろうから、その選択は間違ってはいない。だが南とはいえ、年々気温が下がっているのが気になる」
「はい。私もそう思い、五年分の気温と天候のデータを記したものを送ってほしいと頼んであります」
「それは助かる。それと水魔法の魔法式のことだが……」
ふたりがずっとこのような会話を続けているので、誰も近寄れなかった。口を挟むこともできない。
サルジュはいつも通りだが、そんな彼の会話についていくどころか、時には先に提案するアメリアの聡明さに、感嘆の声が上がっている。
アメリアは周囲のそんな反応にまったく気が付かず、いつものようにサルジュと会話をしていた。
ふたりに近付けたのは、アメリアの家族だけだ。両親と話し、サルジュに叔父と従弟を紹介する。サルジュもカイドとミィーナを呼び寄せ、彼女に従弟を紹介した。挨拶を交わして微笑み合うふたりの相性は悪くなさそうで、アメリアもほっとする。
これでレニア伯爵家は安泰だろう。
気分転換に従弟と踊り、サルジュのところに戻ろうとしたアメリアは、ふと髪がほつれていることに気が付いた。
「あら……」
彼の元に戻る前に、きちんと身なりを整えるべきだろう。
従弟に断りを入れて、控室に向かう。
身支度を手伝ってくれた侍女が何人か待機しているので、彼女達に頼めば直してくれるに違いない。
そう考えたアメリアは、ひとりで会場を後にした。
※この度、「婚約者が浮気相手と駆け落ちしました。色々とありましたが幸せなので、今さら戻りたいと言われても困ります。」の書籍化が決定しました。
お読みくださった皆様のお蔭です。本当にありがとうございます!
引き続き毎日更新していきますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
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