3-13
「犯人は誰か、わかっているのか?」
ユリウスの問いに、リリアンは頷く。
「カーロイド様を襲ったのは、皇太子であった頃からの、側近のひとりでした」
父である前皇帝に逆らい、冷遇されたときでさえ傍にいた。
そんな近しい人物が異母弟(おとうと)に唆され、カーロイドを裏切ったらしい。
カーロイドもユリウスの忠告によって城内の警備兵には警戒していたが、まさか信頼していた側近が裏切るとは思っていなかったのだろう。
傷は治癒魔法で癒したものの、動けるようになるにはまだ時間が掛かる。
皇帝がいつまでも不在では、彼の敵に主導権を握られてしまう恐れがある。
ユリウスはしばらく考えたあと、まだ動揺しているリリアンにこう言った。
「カーロイド皇帝が目を覚ます前に、犯人を明確にしておこうと思う。協力してもらえないだろうか」
「私が、ですか?」
「そうだ。このままでは犯人を見つけるという名目で、カーロイド皇帝の異母弟たちに、この帝城を掌握されてしまう可能性がある。我々の待遇にも、影響を及ぼすだろう」
国に追い返されるのならば、まだ良い方だ。
犯人が明確になるまではと、この帝城に幽閉されてしまう恐れもある。
「魔導具の研究者を……。サルジュとアメリアの部屋を襲わせたのも、彼らの手の者だとしたら、カーロイド皇帝が自由に動けない今、この国に留まるのは危険だ。それに、カーロイド皇帝を守るためにも、ここで真犯人を明確しておきたい」
ユリウスがリリアンに望んでいるのは、人々の関心を逸らしたり、逆に惹きつけたりできるリリアンの力だろう。
それを理解したリリアンは、戸惑っていた。
けれどカーロイドを守るためだという言葉に、覚悟を決めた様子だった。
「……わかりました。こんなふうに力を使うのは初めてなので、うまくできるかわかりませんが、カーロイド様を守るためなら」
アロイスがリリアンに寄り添い、心配そうに彼女を見つめている。そんな彼に、リリアンは健気に笑ってみせた。
「感謝する。カーロイド皇帝は、必ず守ると約束しよう」
ユリウスはそう言うと、リリアンとアロイスに、帝国貴族の主となる者たちを集めるように依頼した。
皇帝が刺客に襲われたということで、帝国貴族たちの間にも動揺が広がっているようだ。
カーロイドのふたりの異母弟は、この機に帝城を乗っ取ろうとしていたようだが、それよりも先にリリアンとアロイスが動いたものだから、苦い顔をしていた。
年上の方がイギス。
年下が、ソーセという名らしい。
どちらも皇帝の寵姫の息子だが、母親は違う。前皇帝には、皇后の他に寵姫が三人ほどいたらしい。
ふたりともカーロイドにはあまり似ておらず、とても体格の良い男たちだ。
食糧難だったこの国で、彼らだけは裕福な生活をしていたのだろう。
「さて、まずは名乗ろうか。私はビーダイド王国の第三王子、ユリウスだ。カーロイド皇帝にはすぐに治癒魔法を使い、命に別状はない。じきに目を覚ますだろう」
ユリウスがそう言うと、周囲に騒めきが広がる。
ほとんどは、カーロイドが無事だと聞いて安堵しているようだ。
他国の王族であるユリウスの言葉を、皆が静かに聞いているのは、リリアンがその力で彼らの関心をユリウスに惹きつけているからである。
その力を、自分が目立たないようにしか使ったことがない彼女だったが、今回はカーロイドの危機であり、彼を守るために必要なことだと決意したようだ。
「犯人もすでに捕らえられている。皇帝の側近だった男のようだ」
その説明に、周囲に騒めきが広がっていく。
「つまり兄上は、自分の味方に裏切られた。そういう話のようですな」
そう言って薄ら笑いを浮かべたのは、年下のソーセの方だ。
そんな彼に、ユリウスは視線を向ける。
「事実だけを見れば、その通りだろう。だが、そうなった背景がある。それを今から再現しよう」
ユリウスの視線を受けて、サルジュが前に出た。
以前、アメリアが目撃したように、サルジュの再現魔法は映像ではなく、立体的に映し出す。
目の前にそのソーセと、その側近の姿が浮かび上がった。
「!」
この場に本当に居るかのような再現度に、驚きの声があちこちから上がる。
目の前のソーセは、カーロイドの側近を言葉巧みに唆し、成功した際には、地位も財産も与えると約束していた。
「嘘だ。こんなものはまやかしだ。私を陥れようとして、こんなことを」
ソーセはそう喚いていたが、過去に同じような話を持ち掛けられた者もいたようで、疑いの目が集まっていく。
さらにサルジュは、再現魔法の正確性を示すために、他国出身の者では絶対に知りえないような場面も再現してみせた。
帝国貴族の中には、他国を頼るカーロイドの政策に賛同できない者もいる。
だが、その中には今のこの国の現状を理解して、国内で争っている場合ではないと理解している者も多数である。
権力争いも、この国が存続してこそ。
どちらにとっても、カーロイドはまだ必要な存在であった。
それを安易に排除しようとしたソーセは、きっと重罪人として捕らえられるだろう。再現魔法がなくとも、これほど迂闊なことをした彼ならば、他にも証拠を残しているに違いない。
「他国の事情に干渉するのは、これくらいでやめておこう」
ユリウスはそう呟くと、カーロイドの側近にこの場を任せ、サルジュを連れて部屋を出ていく。
後ろで見守っていたアメリアも、リリアーネに守られてその後に従った。
この国を平定するのは、カーロイドの役目である。
ソーセの処遇も、回復したカーロイドが決めるだろう。
アメリアたちはカーロイドの部屋に戻り、その容態を確認する。まだ眠ったままだったが、顔色は随分と良くなっている。
きっともうすぐ目を覚ますだろう。
「俺たちは予定通り、明日には帰国しなければならない」
ユリウスは、不安そうな顔をしているリリアンにそう言った。
「だが、代わりにアレク兄上が来るそうだ」
そう言うと、彼女もアロイスも安堵した様子だった。
第三王子のユリウス、第四王子のサルジュよりも、王太子であるはずのアレクシスの方が身軽に動けるのも不思議な話だが、アレクシスならば問題ないと、誰もが思っている。
魔法陣の助力がなくとも単独でビーダイド王国まで帰れるし、護衛が必要ないくらい攻撃魔法も使える。
心配なのは、もうすぐ出産を迎えるソフィアと離れてしまうことくらいだ。
だが予定よりも少し早く、先ほど無事に第一子を出産したらしい。
それを魔法による会話で知ったユリウスは、笑顔でそれを報告してくれた。
「母子ともに健康で、エスト兄上が仕上げてくれた魔導具も、とても喜んでくれたようだ」
「そうですか。よかったです」
本当は直接渡してお祝いを言いたかったが、自分たちがベルツ帝国に向かっている間は、アレクシスがソフィアの傍にいることができた。
きっとソフィアも、その方が心強かったに違いない。
帰ったら、さっそくソフィアに会いに行こうと思う。
思い詰めたような顔をしていたリリアンとアロイスも、アレクシスに子どもが生まれたことを知ると、祝福してくれた。
何度もこの国を訪れているアレクシスとは、ふたりとも親しくなっていたのだろう。
それからは、カーロイドの寝室にリリアンとアロイスを残し、別室で明日の朝までどうするか話し合うことにした。
「さて、これからのことだが」
「ユリウス兄上は、まだ回っていない町に行ってきてください。あのデータはどうしても必要なものです」
「……わかった。あと少しだから、まだ回っていない町に行って来よう」
ユリウスはサルジュの要請で、ベルツ帝国の各地で魔法を使ってみて、魔力が想定以上に消費するかどうかを試していた。
ユリウスはサルジュとアメリアを残して帝城を離れることを心配していたが、必要なデータだと言われて、仕方なく頷いた。
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