3-12
それからは、昨日と同じように帝都の外で実験を繰り返す。
実害はなかったのだから、あんな襲撃があったからといって、研究をやめるわけにはいかない。
ベルツ帝国に滞在する期間は、ビーダイド王国の国王陛下によって厳密に定められていて、何かあっても延長しないように言われている。
一日でも無駄にはできない。
そしてサルジュとアメリアが予想していたように、魔石の威力はもう一割ほど落ちていた。
翌日は、さらにまた一割。
五セットあった魔石をすべて使い切る頃には、魔石の性能は元から七割も落ちていて、少量の雨を狭い範囲で降らせるのが精一杯になっていた。
魔石は、また魔力を補充すれば問題なく使うことができる。
それも、何度も試して確認している。
実験の結果から魔導具の不具合は魔石が原因であり、その魔石も、日にちが経過するごことに力が弱まっていくことがわかった。
だが、もともと魔石は時間が経過したからといって劣化することはない。
何十年も前に作られた魔石でも、問題なく使えるくらいだ。
それなのに、この国にある魔石だけが、すぐに力を失ってしまう。
ベルツ帝国では、魔導具を起動させるために大量の魔石を購入していた。それらがすべて無駄になってしまったのだとしたら、かなりの損失だろう。
だが、魔石の異常はこの国にだけ限ったことで、もちろんビーダイド王国の過失ではない。
むしろ長く使えるようにと、高品質の魔石を選んでいたくらいだ。
「……魔導具の不具合の原因は判明した。だが、その理由は不明か」
アメリアが提出した魔石のデータを見つめながら、サルジュはそう呟いた。
魔石だけではなく、魔法で使う魔力の消費量も大きくなっていることを考えると、何らかの力がこの国に多大な影響を与えていることは間違いない。
「だが、今回の滞在は明後日までだ。滞在期間は何があっても延長するなと言われているし、アメリアの夏季休暇も終わってしまうだろう。何よりも襲撃を知った兄たちと父から、明日にでも帰国するように言われている」
ユリウスの言葉に、サルジュはすぐに答えずに考え込んでいる。
サルジュにしてみれば、このまま研究を続けたいところだろう。
だが兄たちだけではなく、父である国王陛下からも帰国を促されているのならば、それを聞き入れないわけにはいかない。
「予定されていた日程は、もう一日ある。せめて明日までは、調査を続けたい。この国にも以前は魔導師がいたはず。魔法に関する資料があれば、それを見てみたい」
サルジュの希望に、ユリウスは少し考え込む。
「一応、カーロイド皇帝には聞いてみる。だが、ベルツ帝国に魔導師がいたのは、かなり昔のことだ。そういった資料が残っていればいいが」
「それと、帝国の各地で同じように魔石が消費してしまうのか、その実験も必要だと思う」
サルジュの言葉に、ユリウスは頷いた。
「わかった。それは俺が請け負う。カーロイド皇帝には許可を取ったから、移動魔法で各地に移動して、同じように水遣りの魔法を使ってみる。アメリアも、明日もこの国に滞在することにしても良いだろうか?」
「はい、もちろんです」
アメリアも頷いた。
たしかに襲撃されたことは恐ろしいが、サルジュの結界が守ってくれたので問題ない。明日はサルジュの手伝いをして魔法の資料を探してみようと思う。
こうして予定通りに明後日までは、この国に滞在することになった。
カーロイドに話を通すと、城の奥深くに、かなり古い資料が残されているとのことだった。持ち出すことはできないらしく、サルジュはその資料室に朝から籠っている。
資料室は学園の図書館のような場所で、壁際に資料棚がびっしりと並んでいる。
サルジュは端から資料を確認し、必要なものがないか調べている。
探しているのは、この国で過去に同じようなことが起こっていないかどうかだ。
もしかしたら過去にも、魔力を過剰に消費することや、魔石が劣化したような事例があったかもしれない。
どこに何があるかわからない以上、かなり手間のかかる作業である。
アメリアもその手伝いをしていた。
ふたりに付き添ってくれる護衛騎士は、リリアーネだ。
ユリウスはサルジュに頼まれて、ベルツ帝国の色々な場所で魔法を使ってみるようだ。サルジュの予想では、帝都に近いほど、魔力の消費が激しいのではないかということらしい。
サルジュの護衛騎士であるカイドは、今日はそのユリウスの護衛として一緒に各地を回っている。
「かなりの量がありますね……」
アメリアは資料の山を見て、そう呟いた。
ベルツ帝国から魔法の力が失われてから、もう百年近く経過しているらしいが、当時の資料はそのまま残されていた。
「魔法で隠されている資料もあったから、片付けようがなかったのかもしれないね」
サルジュはそう言いながら、手早く資料に目を通している。
アメリアも手伝って古い資料の整理をしていたが、急に部屋の外が騒がしくなった。
必死に扉を叩く音に、護衛騎士のリリアーネが用心しつつ、扉に近寄る。
「サルジュ殿下。リリアン様のようです」
リリアーネの言葉にサルジュは資料から顔を上げる。
「結界を一時的に解除する。彼女を部屋の中に」
「承知いたしました」
リリアーネに付き添われて資料室に入ってきたリリアンは、ひどく動揺した様子だった。
ふらついた足取りで、そのままサルジュの前に座り込む。
そして、震える声で必死に訴えた。
「カーロイド様が刺客に襲われて……」
ベルツ帝国の帝城の中で、皇帝が襲われた。
そう聞いて、さすがにサルジュも資料を置いて立ち上がる。
「カーロイド皇帝が? 容態は?」
「それが、とても酷い怪我なんです。どうか……。どうかカーロイド様を助けてください」
アロイスは所用で帝城を離れていて、傍には昔からカーロイドを支持していた仲間しかいなかった。
その仲間のひとりが、裏切り者だったらしい。
涙ながらにそう訴えるリリアンの様子を見て、アメリアもサルジュの傍に駆け寄った。
一刻を争う事態なのだとしたら、ユリウスが帰るまで待つよりも、アメリアが治癒魔法を使った方がいい。
そう判断して、許可を求める。
「サルジュ様、わたしが治癒魔法を」
「父の許可も得た。すぐに行こう」
魔法による通話で、父である国王に話を通してくれたらしい。
アメリアはサルジュとリリアーネと一緒に、今にも泣き出しそうなリリアンに連れられて、カーロイドの部屋に向かう。
「……っ」
部屋に入った途端、濃い血の匂いに眩暈がした。
「アメリア」
咄嗟にサルジュが支えてくれる。
「ありがとうございます」
背中に伝わる温もりに励まされ、そのままベッドに横たわるカーロイドに近寄る。
リリアンに縋るような瞳を向けられて、アメリアは力強く言った。
「大丈夫です。きっと癒してみせます」
失血が酷かったのか、カーロイドの顔色はひどく白い。
至近距離から、まったく警戒していない相手に切りつけられたようだ。
今は犯人を捜すよりも、彼の命を救わなくてはならない。
「アメリア、これを」
治癒魔法を使おうとしたアメリアに、サルジュが魔石をいくつか渡してきた。
「魔力の消費が、いつもよりも大きいだろう。まして、これほどの怪我だ。この魔石を使って、治癒魔法を使ってほしい」
「はい、ありがとうございます」
魔石を受け取ると、馴染んだ魔力が伝わってくる。
サルジュが急遽、魔石を作ってくれたのだろう。
アメリアはその魔石を使って、治癒魔法を使う。
「……っ」
命の危険がなくなるまで治癒魔法を使うと、予想よりもずっと魔力を消費した。
もしサルジュが作ってくれた魔石がなければ、魔力を使いすぎて倒れてしまったかもしれない。
サルジュが心配そうに、アメリアを覗き込む。
「大丈夫か?」
「はい。この魔石のお陰で、大丈夫です」
そう言って笑顔を向けると、サルジュも安堵した様子だった。
「カーロイド様を救っていただいて、ありがとうございます、本当に……」
涙ながらに礼を言うリリアンに、傷は塞がったけれど、失った血はすぐには戻らないので、安静にしているように告げる。
ユリウスも急いで戻ってきて、カーロイドの容態を見てくれた。
「アメリアの治癒魔法は完璧だったね。あとは、このまま回復を待つしかないだろう」
そう言ってもらえて、ほっとする。
とにかく彼が回復するまで侵入者を防がなくてはならないと、サルジュがカーロイドの部屋に結界を張ってくれた。
カーロイドに悪意を持つ者は、この部屋に入ることもできないだろう。
「さて、状況を整理しようか」
カーロイドの部屋に全員が集まり、彼の容態を見守りながら、今後の話をする。
中心になっているのは、ユリウスだ。
この場にはリリアンと、カーロイドが襲われたと聞いて戻ってきたアロイスもいた。
アロイスはカーロイドからの命を受けて、帝都の外に出ていたようだ。犯人も、彼が傍にいないときを狙ったのかもしれない。
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